夜に遊び 朝に別れ

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夜に遊び 朝に別れ

 カチコチと鳴る時計が夜の時報の音楽を鳴らす頃、須藤彩はひとりベッドから抜け出した。ベッド脇に用意していた服に着替える。  部屋の中は暗くとも、与えられた自分の部屋の配置はよく分かっている。電気をつけなくても部屋から出るのは容易だった。  かすかにきしむ扉を開いて、彩は部屋から外へ出た。  つい先日、一年で一番昼間の長い日――夏至というらしい――を過ぎたばかりで、夜が更けるのは遅かった。  けれど、彩の母は「行ってくるね」と彩を置いて、日が落ちるより前に家を出ていった。母が用意してくれた夕ご飯をひとりで食べ、寝支度を整えて一度ベッドへ入る。  月に幾度かある夜の仕事の日はいつもこうだ。父は彩が顔を覚える前に「星になって」しまったので、彩は写真の中でしか父の顔を知らず、母がいなければこの家にはひとりきりだった。  リビングに置いてあるお菓子をリュックに詰め、軽やかに背負う。その表情は希望に満ちて、これからの出来事に期待を寄せていることがありありと分かる。  今宵、彩は遊びに行くのだ。この夜こそが、自分の楽しむ場所だと思いながら。  玄関の鍵をかけ、落とさないようにと母がつけてくれた鍵紐を首からかける。念の為にあたりを見回して、誰もいないのを確認してから駆け出した。  ぽつりぽつりとまばらについた電灯はいつもなら頼りないが、今宵は満月だ。足元には濃い影が落ちている。自分の足音しかしない小道も、今の彩にとっては慣れた道だ。  向かう先に待ち人がいる。それだけで心が浮き立った。
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