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きらびやかな世界からは程遠い、活気ある城下の町からは遥か遠く離れた、薄暗く湿ったとある街の片隅。その日を暮らすので精一杯な人達ばかりが住むそんな場所で、幼い少年は生まれ育った。
食べ物も衣服も贅沢はできない。
少年にとっては生まれた時からそれが当たり前なことだった。毎日幾許かの空腹を少年は抱えていたが、それでも少年はこの薄暗い街の片隅を嫌いとは思っていない。
ただときおり外を歩くと、ぐったりと疲れたように肩を落とす人や、どこか浮かない表情を貼り付けた人を見掛けることだけが気掛かりだった。
ある日、家の近くの通りを歩いていた少年は、暗い路地の隅っこにキラキラと光り輝く小さな丸い石が転がっているのを見つける。
その光る小石は、少年が今まで見たこともないくらいに綺麗な深い青色で、眩く輝いていた。
小石を拾い上げた少年は、一目見てそれが気に入ってしまった。
早速家に持ち帰り、台所に無造作に置いてあった空の瓶へ、カランっと落として蓋をする。
瓶を両手に持って掲げてみると、それはますます美しい青色の輝きを放ち、一個の芸術品のようだった。
まるで自分だけの特別な宝物を手に入れたようで、少年の胸には嬉しさが込み上げる。
そしてまた別の日、少年は再びキラキラした小石を発見した。
今度は鮮やかな赤色で、少年はまたその美しさに目を奪われる。
また別の日も、そのまた別の日も、同じような色付いた輝きを放つ小石が、少年の行く先々で現れた。
まるで少年に見付けて貰うのを待っているかのように落ちている小石に、少年の好奇心は掻き立てられる。
毎日のように少年は小石を見つけ出し拾い集めた。いつしか小石は透明な瓶をいっぱいに満たす。色々な色の光りが詰まった瓶は、少年にとってはどんな高価な宝よりも価値あるものとなった。
少年は小石が詰まった瓶を眺めるのが好きだった。石がいっぱいになった瓶を見つめていると、空腹さえも忘れられた。幸せな気持ちにさえなった。
そんな幸せを噛みしめていた少年は、ふとあることを思い付く。少年は小脇に瓶を抱えると、まず母親の元へ向かった。
少年に父はいない。いるのは少年を心から愛してくれる優しい母親だけだった。母親は朝から晩まで働き通しで、少年が母親と過ごせるのはいつも眠る前の少しの時間だけ。
仕事で疲れているはずの母親は、いつも自分のために時間を作ってくれる。幼いながらもそのことを理解していた少年は、母親へ瓶の中の小石をひとつ渡した。
仕事場に突然現れた息子に驚きながら、小石を受け取った母親はさらに疑問に思う。
これは少年がいつも大切そうにしまい込んでいた小石だ。それをどうしてくれるのか分からなかったのだ。
けれど少年は、満面の笑みだった。
少年は母親だけではなく、母と同じ場所で働く人達にもそれぞれ一つずつ手渡した。貰った人達はみな首を傾げたが、少年はただ満足そうにして笑うだけだった。
そして少年は次の日から色々な場所へと出掛けて行って、そこで出会う人達に次々と瓶の中の小石を渡していった。
よくお伽話を聞かせてくれる知り合いのお婆さん。たまに読み書きを教えてくれる青年。少年と同じ年くらいの女の子。
貧しいながらもこの場所で懸命に生きる、たくさんの人達へ。
みんな不思議に思いながらも、少年から小石を受け取った。確かに小石は誰もが認めるほど綺麗な色をしていて、こんな寂れた場所にあるには眩すぎるほどの光りである。
ずっと生活に苦労を強いられてきた人達にとって、初めて見るその美しい光りは、彼らの心までもを明るく照らし出すものだった。
石を受け取ったある者はポケットに入れて持ち歩くようになり、ある者は自分の家の窓辺に丁重に飾るようになる。
またある者達は互いに自分が貰ったものを見せ合い、お互いがお互いの小石の輝きを讃えながら笑い合う。
裕福さや華やかさとは程遠い、薄暗く湿った街の片隅は、いつの間にか小さな光たちで溢れ返っていた。
少年は空の瓶を両手で持ったまま、周囲を見渡す。
自分の生まれ育った場所が、大好きな人達が暮らす場所が、まるで星空に包まれているみたいにキラキラと、優しい輝きに満ちていた。
少年の元にもう小石は一つもなかったけれど、少年の胸にはたくさんのあたたかなものが集まり、溢れかえっていた。
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