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 田町の顔色が変わる。血の気が引いたよう。学内探偵は言葉で詰め寄った。 「ぜひとも合理的な説明を聞きたい。田町さんにはアリバイがあるのだから、犯人とは思っていないよ。とにかく僕は、状況を正しく認識したいんだ」 「待てよ、石動探偵さん」  見かねた名和が、挑発気味の言葉を投げる。 「何かな」 「女性を相手にするときは、もう少し優しく接したら? 君みたいな急襲は、怯えさせるだけ」 「しかし、僕の疑問も尤もだろ?」 「田町さんの髪の毛があったからって、本人がその場にいたとは限らない。何者かが抜くなり拾うなりした田町さんの髪の毛を、現場に置いたのかもしれないじゃないか」 「その可能性も無論、考慮に入れてるさ。犯人はあんな時間帯に、田町さんにアリバイが成立するとは夢にも思わず、偽装工作に走ったのかもしれない。そういったことも含めて、今は彼女自身の口から意見が聞きたいんだ」 「無意味だ。田町さんにはアリバイがある。偽装工作だとしても、彼女の知らないところで行われた。事件究明には役立たない」 「それは違う。少なくとも、田町さん自身に、毛髪が付着する状況に心当たりがあるなら、偽装工作の線は消せる」 「――」  さらに何らかの反論をしようとした名和の肩を、牛尾が掴んだ。 「冷静になれ。石動が正しい」 「しかし」 「答えるかどうか、田町さんの次第だ。沈黙も権利、だよな、探偵?」  牛尾の急な問い掛けに、石動は少しも動じず、「イエス」と即答した。そうして改めて、田町を見据える。 「お願いします、田町さん」 「多分だけど、思い出したことがあるわ。ボタンが取れ掛かったのを、直してあげたのよ。桜井君の制服の金ボタン。どれだったか忘れたけれども、第二じゃないのは確か」  そのときの手つきの再現だろうか、身振りを交える田町。 「いつ、どこで?」 「昨日の放課後。五時にはなっていなかったと思う」 「昼休みのあとにも、会ってたんだ? なるほど。話の腰を折って申し訳ない。場所はどこで?」 「第二理科準備室よ。ついでに言えば、二人きりだった」  黙って聞いていた名和だったが、この返答には多少狼狽えた。返事をもらわない内から、ホワイトデーの前日にあの狭い教室で二人きり? 「ふむ。となると、どうして準備室で会うことになったのかが知りたいな。バレンタインの答は翌日なのに」 「それは……今日の返事によってはそれで縁が切れるかもしれないと思ったら、ちょっとでも会っておきたくて」 「なるほどなるほど。心理的には筋道が通っていると言えなくもない。そこまで不安なら、今朝返事を聞く勇気を出すのも大変だったんじゃない?」 「そんなことは。朝起きて、外の雪を見たら、奇跡が起きるかもって感じたから」 「あ、そういう」  石動が納得の表情を続けている。そんな学内探偵を見て、名和はようやく落ち着いてきた。この分なら問題ない。 「ちなみにだけど、田町さんがそういう心理状態になるってことは、他の三人も似たり寄ったりだったんじゃないかな」 「さあ? 他人の心の中は見えないから」 「五時前に会った際、桜井にそういう素振りはなかったのかな。他にも女子と会う予定があって、待たせている感じとか」 「だから分からないって」  田町の声が少しいらいらを帯びる。石動の質問の狙いがどこにあるのか見えない。 「合鍵を事前に預かったこと、他の三人には言った?」 「言ってないわ。ただ、桜井君は隠す気はなかったみたいだけど。伏せておいてあとで知られたら、変に勘繰られるからっていう。だから聞かれてたら教えてたかもね」 「答えてくれてありがとう。うん、ますますこんがらがってきた」  発言とは裏腹に、嬉しそうな石動。 「何だよ、解決に向かってるんじゃないのか」  牛尾が呆れ口調で問い質すと、石動は「向かってはいるよ」と事も無げに答えた。 「実を言うと他の三人――児島さん、渡部さん、大森さんの内、児島さんと渡部さんは昨日の下校時刻が午後五時前後なんだよね。だからってあの二人が桜井と会っていたとは言えないが、どうしても気になる」 「細かいことを気にしすぎだ。クラスが同じなんだ。下校時間なんて、だいたい似たようなものさ」  名和が意見するが、石動は芝居がかった様子で首を傾げた。 「通常の授業進行がされているなら、その理屈を採用してもいいが、三月のこの時期、試験も終わって割とフレキシブルだ。終わったあと、学校に残るか早く帰るかは分かれがちじゃないかな。児島さんと渡部さんは、バレーボール部と文芸部それぞれの活動に参加しているが、終わったのは四時頃。田町さんを含めて三人が五時頃に下校というのは、果たして偶然だろうか」  名和と牛尾には答えようのない質問。自然と、注目は田町に。石動は改めて聞いた。 「帰宅部の田町さんは、桜井と会うまでの間、どう過ごしていたんだろう? 授業は午後三時で終わったはず」 「……他の人達は? 下校するまでの間、何をしていたのか」 「うん? それを聞いてどうしようっていうのか知らないけど、まあ教えてあげよう。驚くべきことに、二人とも図書室で時間を潰していたと答えた。ところが、図書室は蔵書整理――傷んで修繕に回す本をピックアップするため、昨日開いていたのは昼休みまでで、午後四時から一時間を過ごすなんてできない。文芸部の渡部さんが図書室の休みを知らなかったのはミスだね。よほど重要な事柄に気を取られたのかな」 「間違いを質して、追及しなかったのか?」  名和が我慢できずに割り込む。
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