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12.
「今はね。あとで切り札になる可能性を秘めていると判断した。ただ、もしも彼女達二人が怪しいとなったら、今度はアリバイがないのが不自然だ。二人いるのだから、お互いのアリバイ証言ぐらいしてもよさそうなものなのに。雪のおかげで誰にも現場を出入りできない状況が偶然できあがってなければ完全に容疑者だ」
石動のその評価は田町にも当てはまるように、名和には聞こえた。
「僕にそこまでの権限はないが、警察ならその内、児島さんと渡部さんの間で連絡を取り合った形跡がないか、調べるかもしれないな。さて、こちらからの質問には答えてくれないのでしょうか、田町さん」
「……大森さんと会ってたわ。あっちの方から声を掛けてきたの」
田町が絞り出すような口調で答えた。
まただ。また、秘密にしていたことが出て来た。名和は驚くのに疲労感を覚えた。
「放課後、帰りかけていたら、廊下で呼び止められて。何事かと思ったし、わざわざ付き合う必要ないと考えた。でも、合鍵を預かったことを知っていると言い出して。なら話を聞こうじゃないと思い直したの。それで……北側の裏庭に出たんだったかな。日差しがなくて、あんまり人が行かないところよ。寒かったわ。大森さんが言うには、『田町さん、鍵を預けられたり、バレンタインの返事一番目だったりして、期待してるかもしれないけれど、ほどほどにしておいた方がショックが少なくていいわよ』だって。正確な言い回しじゃないけど、こんな感じだった」
「ホワイトデー目前に凄いな。あの勉強のできる大森さんがねえ。喧嘩になったんじゃない?」
「そんな暇なかったわね。あっちは言うだけ言って、帰ってしまったし。こっちはショックでしばらく呆然としてた」
「呆然となったってことは、つまり、実は大森さんがすでに桜井と付き合っているんだと思った?」
「当たり前でしょ。あんな風に言われて、察知できなかったら馬鹿じゃないの」
「ま、そうか。で、そのあとどうしたの? 三時過ぎに大森さんとやり取りしただけなら、二時間もいらない」
「三十分ぐらい考えて、あることを思い付いた。二人にも知らせようって。だから部活動が終わるまで待っていた。学校の中をぶらぶらしていたわ」
「二人っていうのは、児島さんと渡部さんだね。それから?」
「渡部さん、児島さんの順に声を掛けた。文芸部の方が少し早く終わったから。同じクラスだからかしら、いきなりの話でもちゃんと聞いてくれたわ。話したあと、誰かが――児島さんが言い出したんだったかな。本人を問い詰めに行こうって。最初、大森さんにと思ったら、桜井君にだって。考えてみれば、大森さんを問い詰めて水掛け論になるよりは、桜井君に直に聞きに行く方が早いよね。そこで三人で桜井君を探すことにして、とりあえず第二理科準備室に向かったの。そうしたら彼、まだ下校してなくて、そこにいた」
「佳境に入る前に確認だけど、さっきしたボタン云々のエピソードは?」
「嘘よ」
あっさり認める田町。その様子に、名和は内心でまたまた衝撃を受けた。慣れない。顔に出ないようにするのに必死で、喉が渇く。
「桜井君は部屋に一人でいて、便箋に何か書いていた。私達が入って行くとすぐに隠してしまったけれども」
「ノックせずに入ったのか」
牛尾が言った。この場にふさわしいようなふさわしくないような、微妙なライン上の質問だ。田町は彼の方を向くと、早口で答える。
「桜井君を探していたんだから、鍵が掛かっているかどうか確かめる意味で、強く引いたのよ。そうしたら開いちゃったって訳」
それから再び探偵へと向き直った。
「このあとも言いましょうか」
「ぜひ」
「桜井君、目を丸くしてびっくりしてたわね。私達が大森さんの話をぶつけて、とっくの昔から付き合ってるんじゃないのって詰問したら、即座に否定した。私達もすぐには信じられなくて、証拠を出してとか、スマホを見せてとか、無茶な要求をした」
証拠を出せだのスマートフォン云々だのが無茶という認識はあるんだ、と名和は少し安堵する。この分なら、まだ平和で冷静な話し合いができたに違いない。
ところが。
「ただただ否定するばかりで要領を得ないし、合鍵を私に預けたことを大森さんが知っていたいきさつも、何だかはっきりしない言い種だったから、児島さんと渡部さんが収まらなくて。私? 私はこの二人に内緒で合鍵を預けられた立場でもあるから、一歩退いて見ていたつもりよ」
「その辺はともかくとして、桜井の弁明はうまくなく、女子の不満は解消されなかったと。それから?」
「……信じてもらえるかどうか」
不意に声量が小さくなる田町。不安げな眼差しを名和に送る。前日のその修羅場に居合わせなかった名和には、どうしようもない。「正直に話すしかないよ、多分」とこれまた小さな声で呟くくらいしかできなかった。
「いきなり、児島さんが近くにあった顕微鏡を持って、高く振り上げたの。脅かすつもりだったんだと思う。事実、素直に白状してとか、そんなこと口走ってたし。それを見て、渡部さんが本気にしちゃったみたい。慌てて児島さんの腕にしがみついた。後ろからだったわ。まさか味方のいる方角から余計な力が加えられるとは想像してなかったんでしょうね、児島さん、顕微鏡を取り落としてしまって。桜井君の頭に当たった」
静寂が降りた。顕微鏡は不幸な偶然の連鎖で、桜井茂の頭に落ちたのか。
だが、謎はまだ残っている。いち早く静寂を壊したのは、もちろん石動。
「桜井はどうなった?」
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