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14.
「体調がおかしいと感じたなら、助けを呼ぶのが普通だ。桜井は携帯端末の類を所持してなかった? そんなこと絶対にない」
「端末の解析は警察がやっている最中で、僕はその内容を全く知らない。だからこれまた推測しかできないが、多分、桜井は田町さん達を帰したあと、しばらくしてから意識を失ったんだと考える」
「えっ?」
短い叫びを漏らしたのは田町。両手のひらで口を覆っている。
「準備室の中、棚の向こう、奥に歩いて、出入り口から見えない位置に来たときだったんだろう。床に崩れ落ちた。そのまま時間が経過して、西谷先生によって施錠される。桜井が再び覚醒したのが午後九時半以降。すでに相当な体調悪化を自覚したに違いない。寒さもあるしね。病院へ行こうと考え、内側から扉を開けたまではよかったが、もう自力では動けそうにない。次は当然、電話を使って助けを求める。ところが電話は倒れた拍子にどこかに転がってしまっていた。探すために立ち上がり、床に目を凝らそうとして、再び倒れる。このとき頭を長机にぶつけた。この二度目の衝撃が即座に死をもたらしたのか、あるいは単に意識不明に陥っただけで、死亡はその後の脳内出血の継続によるものかは、専門家に判断を任せる」
「……」
空気がひどく重くなった。沈黙が上から押さえつけてきている。
「絶対確実な証拠はない」
石動が再び口を開く。
「ただ、これなら説明が付くんだ。雪の謎やアリバイは関係なくなるし、犯人が寒さを我慢しつつ朝までやり過ごしたという心理的にあり得ない説を採らずに済む」
学内探偵の示した最有力の結論。
すすり泣くような声がした。田町からだった。短い間だけだったが、確かに彼女は泣いていた。
名和は田町のその姿を見て、少なからず安堵できた。
* *
完結
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――したかに見えたホワイトデーの出来事に、真の意味での終わりをもたらそう。
学内探偵は、たとえるなら喉に刺さった魚の小骨を抜きに動いた。小骨ではなく、大きな骨と呼ぶべきかもしれない異物を。
「思い返してみれば、この事件の学校から外部、要はネットへの情報漏洩は極めて少なかった。特に初期段階での噂レベルのやつはね」
探偵は言った。
「それは十四日の朝休みから一時間目の時点で、ほぼ何も分かっていなかったからじゃないかと思う。警察の到着を目撃した生徒が発生源になって、学校内で何事かの異常事態が起きた、くらいのことは広がり得るが、誰かが死んだとかいう話になると難しい。にもかかわらず、君は当日の朝、クラスメートの一人に桜井茂の死を噂として伝えたみたいだ」
「別にどうってことない。俺も噂を聞いて、広めただけさ。最初に言い出した奴の勘が、たまたま当たったのかもな」
「ふむ。ところで、十四日の朝は、やけに早く学校に着いたみたいだね」
「そうだったかな」
「普段、たいていは男友達と一緒に通学していると聞いたよ?」
「目が早く覚めてしまって一緒にならないことも、たまにはある」
「だけどちょっと早すぎやしないかい? 十四日朝、学校周辺の防犯カメラ映像をくまなく見ても、制服姿の君は見付からなかった。時間が早かったんじゃなくて、スピードが速くてカメラにも映らなかったのかな」
「……」
「まさかとは思ったが念のため、前日夜の映像を調べた。すると、午後八時四十ないし四十五分に掛けて、黒いコートを纏って黒い帽子を目深に被った人物が、君の家と学校とを結ぶ道の二箇所で映っていた。一つは飲料用自販機で何かを買うところで、もう一つは雪の降る中、猫背気味に急ぐところ。慎重にルートを選んでも今のご時世、それなりに都会だと防犯カメラに全く映らずにいるのは難しい」
「そのコートと帽子の人物が俺?」
「コートなんかは今まさに君が着ている物とそっくりだが、確証はない。まあ、歩き方で個人特定をするソフトが存在するから、そいつに掛ければ、あるいは人物の同定は可能かもしれないね。証拠として認められるかは別として」
「黒尽くめの人物が、学校に入ったかどうかも分からないんじゃないのか」
「僕は黒尽くめとは一言も口にしてないが、まあいいさ。そう、君の言う通り、学校を出入りするところは目撃されていないし、防犯カメラもプライバシーへの配慮からか、出入りを見張るような位置にはない。タイミングから言って、そいつの学校到着は午後八時五十分前後だろうな。雪はまだ降っていた頃だし、門の辺りに積もった分は、ちょうど出て行った西谷先生の車のタイヤ跡で多少乱れていたろうから、躊躇なく足跡を残せる。門を開けて通るには何の問題もない。あるいは、先生が帰るのよりも先に、そいつが学校に着く場合もあり得る。先生がいつ出て来るのか分からないから、運悪く鉢合わせすることのないよう、門を避けて裏手の塀を乗り越えたかもしれない。
問題があるとしたら、いかにして校舎内に入るかだ。計画的な行動なら、前もってどこか目立たない窓を開けておくか、鍵を複製しておくかするのも手だけど、この事件は突発的のようだからね。さて、この問題、少し見方を変えると、簡単になる。中にいる人物に開けてもらえばいい。夜九時になろうかという学校に、誰が残っていたかって? 桜井茂がいる。外から彼に頼んで、玄関を開けてもらったんだ」
「桜井は頭に顕微鏡を落とされて、意識を失っていたんじゃあ?」
「前に披露した僕の仮説ではそうだったけど、絶対とは言い切れない。西谷先生の見回りを、桜井本人の意思で身を隠すことにより逃れた可能性もあるにはある」
「中にいる桜井に、どうやって伝える? 桜井の携帯端末に記録が残ってかまわないのか?」
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