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3.
「そうそう。何番目に返事をもらえるのか、事前に聞かされてはいなかったんだろ?」
「うーん、先客がいても気配で分かると思ったのかな。あんまりよく覚えてない。興奮してたし、高揚してたし」
「他に来る予定だった女子って、誰だか分かる?」
「ええ、もちろん。三人いて、二人は渡部さんと児島さん」
渡部千穂、児島聡美はともに名和達のクラスメートだ。タイプはだいぶ異なる。渡部は髪が茶色がかった巻き毛で、身体は比較的大柄で発育がよい。そのせいで遊んでいると見られがちだが、実は文学少女の側面を持つ。児島は黒髪ショートの高身長で、見た目通りのスポーツウーマン。ただ、幽霊やUFO等の超常現象好きでいわゆる“不思議ちゃん”がちょっと入っている。児島はバレーボール部、渡部は文芸部所属で、桜井主宰のサークルには校則で掛け持ち禁止のため入っていない。入会せずに、勝手に集まる分には止めようがないが。
「もう一人は、四組の大森隆子さん。知ってる?」
「いや――もしかして、成績上位の貼り出しでよく見る?」
「そう。頭いいのよ。しかも桜井君と同じ中学出身で、元から仲がよかったの。私が一番の強敵だと思っていたのは大森さん」
「彼女達に、何時に会う予定になっていたのか、聞くべきかな?」
名和が牛尾に意見を求める。
「何のために? 事件が起きたのは夜十時前後なんだから、関係ないだろ」
「たとえばさ、四人の順番を前もって知った誰かが、誰が断られて、誰がOKをもらえるかを想像して、独りよがりな結論に行き着いたとしたらどう? 断られるのを知って、他人に取られるくらいならと」
「動機の方か」
合点が行ったように、首を縦に小刻みに振った牛尾。一方、田町は急にふくれっ面になった。
「ちょっと。どうして私も容疑者に入ってるのよ」
「え? そんなこと言った?」
急いで思い返す名和。記憶力には自信がある。うん、言っていない。
「誤解だ。四人の順番を知った誰かがってだけで、順番を知った四人の内の誰かとは言ってないよ」
「え、そうだった?」
これまた急に動揺を露わにし、田町は牛尾に救いを求めるような表情を向けた。
「ああ、こいつは田町さんを容疑から外しているよ、間違いなく。ていうか、端っから疑ってないだろ」
「もちろん」
名和が請け合うと、牛尾は苦笑を浮かべたが、田町は安心したように息をついた。
「ついでかつ念のために、順番も確認しておこう」
名和は田町に対して口を開いた。
「先生に異変を知らせに行ったあと、準備室に戻ったんだよね? そのあと、さっき言った三人が次々に来たはずだけど」
「そうね。私のあとが渡部さん、次に児島さん、最後が大森さんだったわ。おおよそ十分間隔で」
「ふうん。桜井の奴、意外と配慮がなかったんだな」
死んだ者を悪く言いたくはないが、つい口走ってしまった。そんな名和に、田町が僅かに気色ばんだ様子で聞き返す。
「どういうこと、配慮がないって?」
「い、いや、それは言い過ぎたけど。誰にOKと答えるにしたって、田町さんを含めた同じクラスの三人を続けざまに呼ぶなんて。せめて一人、間に大森さんを挟めば、クラスメート同士が顔を合わせる可能性が減るじゃないか」
「……分かったわ」
口をつぐんだ田町に代わり、牛尾が「第一、桜井はもてるから」と切り出した。
「もてるから、その全員がバレンタインにチョコをプレゼントしたとは限らない。行動に移せなかったって子も多いんだろうな。そういうのを想定したら、容疑者なんて絞れる訳がない」
「それもそうだ。動機だけじゃ無理か……」
「男子だって、好きな子が桜井君にばかり目を向けていたら、動機があるってことになるわよね」
田町がさらりと言った。動機だけでは絞り込めないと結論を出したばかりなのに、そんなことを言われては、名和でなくとも少なからず狼狽する。が、田町の言葉にそこまでのニュアンスはなかったらしい。
「桜井の所持品がなくなっている、なんてことはなかったのかな。財布とか電話とか」
別の動機がないか一応聞いてみる名和。
「財布も電話もちゃんとあったって。財布はズボンのポケットで、電話は床に転がっていたそうだけど、いじった形跡は特になしだって。衣服や学生鞄もね」
「金品目当てではないか」
「そりゃそうだ。金が目的なら、学校にいる人間をわざわざ狙うかよ。それも高校生を」
牛尾が一蹴したところで、会話が途切れた。そのまま三人それぞれの分岐点に差し掛かり、少しばかり不穏なお喋りは切り上げられた。
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