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 帰宅した名和が、母親に学校での出来事を伝えると、意外にも冷静に受け止めて聞いてくれた。そもそも、明らかに早く下校した息子に対し、何ら不思議がるところがない。それもそのはず、前もって学校から連絡が回って来たらしく、早ければ今晩にも保護者を集めての説明会が開かれるかもしれないという。 「テレビでは何か言ってた?」 「いいえ」  言いながら、親子二人してつけっぱなしのテレビに目をやる。ちょうどニュースが始まった。先にローカル枠だったが、まだ記者発表が行われていないらしく、事件が報じられることはなかった。当然ながら全国枠も同様。正式かつ新たな情報が出たのは、結局、午後三時のニュースまで待たねばならなかった。  その報道によると、桜井の死因は頭部を強打したことによるもので、警察は事故と他殺の両面で捜査に当たるらしい。死亡推定時刻は前日の夜九時半から十時半までの間と、少し幅を持たせてあった。遺体となって見付かった場所は校内とだけ出て、学校名はおろか区域名まで伏せている。インタビューを受けている生徒や保護者の映像もなかった。 「高校のOBに警察の偉いさんがいるっていう話、聞いたことがあるわ。ひょっとしたらその人が手を回して、マスコミを押さえつけているのかもね」 「へえ。何て人?」  母親の口コミに、名和は何気ないふりをして食いついた。万が一にも、田町への疑いが強まるような事態になったら、その人に頼むことで事態の打開になるのではないかという思惑があった。 「石動(いするぎ)さんだったかしら。そうそう、あんたと同じ学年に、お孫さんだか甥っ子さんだかがいるとかいないとか」 「あやふやだなあ」  口ではそう言いながらも、名和は“いするぎ”という名前を脳裏にしっかり刻んだ。あとで調べてみよう。  自室に入った名和は、まずニュースで言っていたアリバイの時間帯を思い、改めて心配した。「田町さん、アリバイ大丈夫なのかな」と。下校中の会話を思い起こす。 (あのときは十時前後のことしか頭になかったから、注意が向いていなかったけれども。確か、家庭教師の滞在が……九時過ぎから十時半頃だと言ったはず。犯人には学校まで行き来する時間も必要だし、つまりアリバイ成立だ)  改めて安堵する。無論、彼女は犯人じゃないと信じている。ただ彼女が疑われるのだとしたら、それだけでもたまらなく嫌だ。その無実を信じる気持ちを強めるためには、彼女に一瞬でも疑いの目を向けねばならない。矛盾が名和の心を苦しくさせる。 「犯人が早く捕まればいいのに」  素直な気持ちを声に出してみて、犯人探しの衝動に駆られた。だが、どんな手順で進めればいいのか。現実に、聞き込みをして、他の生徒を疑ってという行動が取れるかというと、かなり高いハードルだ。  ドラマや漫画みたいに探偵に依頼すれば……なんて空想したが、すぐに打ち消した。刑事事件、それも殺人に携わるような探偵は現実にはほぼ皆無であると聞くし、仮に見付けたとしても、依頼料を払えるとは思えない。霞や雲を食って生きる仙人のような探偵がいれば、無料で受けてくれるかもしれないが。  そこまで想像して、ふっと思い浮かんだのが最前母がした話。石動という同学年の生徒が警察有力者の親族であるなら、今から近付いておいて損ではあるまい。  名簿を調べると、四組に石動右手那(うてな)という男子がいると分かった。他に石動姓は見当たらない。名簿と言っても、クラス分けを知るための物なので、電話番号や住所は記載がない。さて、四組には誰か知り合いがいたっけかと名和が新たにリストを目でサーチしていると、電話が鳴った。  当の石動からだった。  五分後、石動右手那は名和の家の前までやって来た。溶け始めた雪だがまだ白く、そこに学生服姿の人物がいると、コントラストが際立つ。校則では校外での私服OKにもかかわらず、学生服をきっちり着用した彼は、生真面目なタイプなのだろう。銀縁眼鏡と高校生にしてはやや多めの白髪のせいか、どことなく老成した雰囲気があった。背は百八十センチほどあるが威圧感を欠いていて、でも押しには強そうな、しなやかな古木のイメージ。  その第一印象はさておき、突然の接触に訝る名和に対し、石動は実は学内探偵なのだと身分を明かした。 「学校に関係する揉め事・トラブルが起きたとき、速やかに解決することを求められている。代わりに、そのために必要な力を行使する権限を付与されてもいる。たとえば全生徒の住所や電話番号、メールアドレスといった基本的パーソナルデータや、もう少し踏み込んだ誰と誰が同じ小中学校出身でどのくらい親しかったかというエピソードデータにアクセスする権限」 「待った。そのデータは、どこの誰が収集したものなのなんだ? そもそも、君に権限を与えているのは学校なのか? だとしたら、何故、君が選ばれたのか」 「まとめて質問されても、答える時間は変わらないぞ。データ収集は主に学校が行っている。元は、いじめなどの兆候を事前に察知するために始められたとされるが、その頃のことは大昔の話なので、詳しくは知らない。適切に運用され、特に問題がなければ、卒業と同時に破棄される。無論、在校生と紐付けされているデータは残さざるを得ないのだが。権限を僕に与えたのは、学校と警察だ。学内探偵のシステムは、ちょうど十年前から試みられていて、基本的に警察関係者の子息から選ばれる。学校は一応、聖域の一種だからね。何かトラブルが起きたからと言って、外部の力、特に警察を中に入れることを毛嫌いする向きが少なくない。そこに僕のような学内探偵が必要とされ、活躍する余地が生まれる」 「……今朝、警察が来た割には、あんまり騒がしくなかったのもそのおかげか」 「そのようだけど、僕は表立って警察に協力する訳じゃない。直接立ち会ってもいないから、よくは知らない」 「能力を疑う訳じゃないが、今までの実績は?」 「残念ながら実績はゼロだ」
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