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「何だ」  拍子抜けするとともに、がっかりもした。石動は心外そうに付け足す。 「飽くまでも、学内探偵としては、だ。学校関連の事件がこれまでに起きていないのだから、仕方がないだろう」 「じゃあ、学外なら、実績はあるっての?」 「ある」  そうして石動は耳打ちレベルの小さな声で、ある有名な強盗殺人事件を挙げた。 「公表はされていないが、この事件を解き明かす重要なポイントを見付けたのは、僕だ。僕の進言によって、警察は事件解決に至った」 「本当なら凄いけど」  確かめようのないことを持ち出されて、少々困惑を覚えた。そんな名和のこぼした台詞を、石動は気にした様子もなく、時刻を確かめる仕種をした。 「さて、自己紹介するには充分時間が経った。本題に入らせてもらおう」 「あ、ああ。ぜひ、彼女を守って欲しい」  と、今度の名和の台詞には、眉間にしわを寄せた石動。 「何を言ってるんだ、君は。彼女とは田町由香莉を示している?」 「もちろ――」 「勘違いしているみたいだな。僕は君の依頼で来た訳ではないし、田町さんをピンチから救うために来た訳でもない。君に呼ばれた覚えもないしね」  それもそうか。名和は思い出した。こちらか接触を図るつもりだったのが、向こうから来たのだ。自分の思い込みを恥じつつも、不満を込めて聞き返す。 「じゃあ何をしに来たんだよ」 「……本当に、何も分かっていないようだ。事態を客観視することを覚えなければいけない」 「客観視? つまり、僕自身の……?」 「君は容疑者の一人なんだよ、名和君。そうでなければ、簡単に僕が身分を明かすはずがないじゃないか」 「僕が?」  名和は馬鹿みたいに自分を指差した。 「そうだろう? 僕が掴んだ情報では、亡くなった桜井茂を巡って、四人の女子が争っていた。内一人が、第一発見者でもある田町さん。その田町さんに恋心を抱いていたのが君だ」 「そ、そんなこと、誰が言ったんだ」  動揺を隠しきれず、名和は目元を赤くした。 「全ては小さな出来事の積み重ねだよ。僕はこの情報に信を置いているが、今の名和君の反応を見ると、念のために確認しないといけないな。この情報が偽りであるのなら、申し立てを聞こう」 「……嘘じゃない。合っている。過去のことだけど」 「過去だ昔だのは通用しない。客観的には、君が桜井茂を妬むあまり、手を出したという見方が成り立つんだよ」  口をきけなくなった名和。しかし、ショックが去るのは早かった。そして、石動の言い方に最低限の配慮があったおかげか、怒りや焦りも不思議と感じないでいた。 「状況は理解したよ。ということは、君は……何をしに来たんだ」 「まずはアリバイだね。昨日午後九時半からの一時間。どこで何をしていたのか」 「昨日は学校が終わって、クラスの奴と一緒に少し寄り道したから、帰宅は夕方の五時過ぎで……」  記憶を手繰るが、肝心の時間帯には家族と一緒にいたとしか言えなかった。  名和は、これでは容疑は拭えないなと、恐る恐る石動を見返す。学内探偵はどこか満足げに頷いていた。 「なるほど。名和君がなかなか正直者らしいことは分かった」 「え? どういう意味?」 「すでに僕は、田町さんには一応のアリバイが成立していることを知っている。君も同様だろう。それならば、自身のアリバイ作りに彼女を利用できたのに、しなかった。たとえば、問題の時刻、彼女から自宅の固定電話に電話が掛かってきて、君が出たとかね。現段階では、電話の発信記録に照会する権限は僕にはないから、真偽を知りようがない」  それは買い被り、もしくはうがち過ぎというもんだと名和は思った。単に、田町由香莉を利用した偽のアリバイ作りを考え付かなかっただけのこと。仮に考え付いていても、実行はしなかったが。 「そんなあとでばれそうな真似はしないよ。正直に答えるしか、僕にはできない」 「ふむ。では一つ、朗報をあげよう。実は午後九時半以降、翌日の登校時間帯を迎えるまで学校を出入りした人物はいない。防犯カメラと学校の近所に住む人の目撃情報で確かだ」 「防犯カメラは分かる。近所に住む人の目撃って?」  普通、目撃者と言えば「学校を出た人物がいる」という場合であろう。いないものを目撃したとは、どういう意味なのか。 「昨夜九時半というのは、雪が止み、一帯にうっすらと積もった頃合いなんだ。学校の近所のとある家から、道路の雪を眺めていた人物がいた。いわく、学校の門の前に積もった雪がきれいなままだったという。生徒が変死したとの噂を聞きつけて、わざわざ証言を寄せてくれた第三者だから、信頼に足る。門を通らずに出入りするには、ブロック塀を乗り越える必要がある。だが、見られていると知らない限り、そんな真似をする意味がない」 「いや、門の鍵を開けられなかったとか、足跡を残したくなかったとか」 「門の鍵といってもかんぬきを下ろしただけの物で、簡単に開けられる。足跡にしたって、いかなる足跡なのか分からなくなるよう、ぐちゃぐちゃに踏み潰して進めばいい」 「う、それもそうだ」 「唯一、桜井の死を病気か事故に見せ掛けたかった場合は、足跡やそれに準ずる痕跡を雪に残したくないだろうが、人間の頭を殴打しておきながら、犯人は他に特段の偽装工作をしていない。つまり、病死や事故死に見せ掛ける気はなかったと言える」 「……あのさ、今さらっと言ったけれども、桜井が頭を殴打されていたのは確実なのか?」 「痕跡は二箇所あった。内一度は、現場にあった顕微鏡で殴りつけてできた傷らしい。要修理として、別に分けておいた物だから、計画的な犯行ではなさそうと言える」 「そうか」  他殺か、よくて過失致死。  名和は、自分の置かれた立場を思い出した。 「僕はやっていないからな」
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