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「分かっている。いや、やっているかいないかはまだ知らないが、さっき言った足跡の件があるから。無闇矢鱈と犯人呼ばわりはしないよ」 「足跡のことを把握していたのなら、何で僕にアリバイを尋ねた?」 「反応が見たかった」 「それだけ?」 「まだ捜査中なんでね。それに名和君のアリバイは証明されたも同然じゃないか」 「ええ? 何でだよ」  本人が言うのもおかしな話だが、名和は自身のアリバイが成立した実感がまるでない。 「下校したからさ。雪に足跡がなかった事実に対し、現時点で考えられる最もシンプルな答は、犯人は下校せずに校内にとどまり、朝を迎えたというシナリオだろう。目撃者の存在を知りようがないのに何でそんな行動を取ったのか、寒さを堪えられたのかっていう疑問は残るけどね。とにかく君が下校したのは間違いない。その後九時半までに再び学校に出向いた可能性は無論あるが、そんな怪しげな行動を取れば、防犯カメラに映ったとき、弁明のしようがない」  弁明できないからしなかったとは断定できまいが、恐らく警察は学校周辺の防犯カメラ映像を、目を皿のようにしてチェックするのだろう。 「うん? ということは……」  誰にも犯行が不可能なんじゃないか。脳裏にそんな命題が浮かんだ名和。足跡がないことを理由に犯行は誰にとっても不可能だったと結論づけられたとしたら、結局、アリバイがあっても容疑の圏外に出たとは言えなくなる。その旨を名和が訴えると、石動は予期していた風に首肯した。 「もちろんそうなる。当初、戸締まり当番が怪しいと考えたんだが、昨日その役目だった西谷(にしたに)先生は、八時五十分に学校を車で出ていた。電子記録及び街の防犯カメラ映像、その後に立ち寄った飲食店での目撃証人と、アリバイは完璧だ。そしてまずいことに、寒さと雪のせいで、意識的に早く帰ったと言っている。見回りを急いだせいだろう、校内には誰もいないと思い込んだ訳だ。桜井茂がいると気付いていれば、あるいは彼が死ぬことはなかったかもしれないのにね」  名和は話を聞きながら、社会科の西谷先生の容貌を思い浮かべた。五十代半ばだがそれ以上に老けた外見。おじいさんと言って差し支えないくらいだ。髪が後退気味なのと猫背が年寄りの印象を強くしている。犯行が可能かどうかとなると、体力的にどうかと思うし、動機は不明。それでも一つ、思い付いたことがあったので口にしてみる。 「もし仮にだけど、西谷先生が犯人を手引きした可能性は?」 「ないと考えている」  とっくに想定済みだったらしい。石動は即答した。 「西谷先生に限らず、教職員の誰かが手引きしたと仮定しよう。その人が出勤してきた時点で、犯人はすでに車の中にでも潜んでいたことになる。それから長時間待機して、夜になって行動開始。犯行をなした後に校内のどこかに隠れて、朝までやり過ごす。それから出勤してきた協力者の車の中に、再度隠れる。そこまではいい。このあとが問題。警察が来た時点で、簡単に下校できやしないよ。犯人は袋の鼠だ」  一端話を区切ると、石動はしばらくの間、沈思黙考した。名和に値踏みする風な目線を投げ掛け、かと思うと、己の手の中の何かを確認するような仕種を見せた。  話が長引いているし、家に上げるべきかなと名和が考え始めた矢先、石動の口が再び開く。 「どこまで話していいものか、迷ったんだけど。とりあえず、君自身は実行犯たり得ないし、信用してみることにする。そこで質問なんだが、名和君は第一発見者の田町さんから、現場の状況を聞いているかい?」 「う? うーん、ちょっとだけ」  警察からあまり喋るなと田町は言われたらしいので、慎重に答える名和。 「鍵の状態については?」 「鍵? いや、それは全然」  大きな動作で首を左右に振った。 「鍵は、田町さんが第二理科準備室に来たときには、開いていた。これって少々不可解だよね。前夜、戸締まりを受け持った西谷先生は、見回りこそいい加減なところがあったものの、マスターキーによる戸締まりは厳格にこなしたと明言している。当然、現場である準備室も施錠された。知っての通り、各教室の鍵は職員室の一角で管理される。特別な事情がない限り、その全てが返却されていなければならない。実際、昨日は全ての鍵が午後六時過ぎには揃い、その後は使われていないと判明している。そしてどんなに遅くとも午後八時五十分以降、全ての教室は施錠されていたと言える。ならば、九時半から十時半の犯行を、犯人はいかにしてやり遂げたのか?」 「えっと、まさかこれって、密室とかいう……」 「そうなるね。雪の件を含めれば、二重密室と言えなくもない。ただし、犯人が被害者とともに第二理科準備室に隠れ潜んでいたのなら、密室の謎は簡単になる。朝になるのを待って犯人は内側から開錠し、現場を立ち去ればいい」  口ではそんな説明をしつつも、あまり信じていない気配が、口調の節々ににじみ出ていた。昨夜の寒さに加え、犯人にとってのリスクを考慮すると、遺体とともに現場にとどまるというのは承服しがたい構図と言えよう。昨晩の内から桜井の家族が心配して息子の居所を探し、校舎も調べようとなったらアウトだ。 「この説を採る場合、気になる点が少なくとも一つある。田町さんの証言では、準備室の鍵は桜井の制服のポケットに入っていたそうだ。おかしいだろ? くだんの鍵は午後八時五十分以降、職員室にあった。当然、職員室そのものにも鍵がかかって出入り不能になるから、犯人は持ち出せない」 「……いや、朝を迎えて準備室を抜け出た犯人が、早めに登校したふりをして、職員室に鍵を取りに行き、現場に舞い戻って桜井のポケットに入れたと考えれば」
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