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「辻褄合わせというやつだよ、それは。犯人は何のためにそんなことをする? 現場を何度も出入りするなんて危ない橋を渡るだけで、メリットが皆無じゃないか。鍵を取ってきて外から施錠したならまだ分かるよ、発見を遅らせるためだとね」  確かに。言われてみれば、頷かざるを得ない。名和はでも、田町が疑われているように思えたので、他の合理的な解釈を探す。 「桜井が死んだのが、朝だと思わせたかった、とかじゃないか。昨晩施錠されていた準備室の鍵が開けられて、中で桜井が見付かれば、普通、前の晩じゃなく、翌日の早朝に死んだとみんな考える」 「みんなが考えるかどうかは異論があるところだし、捜査能力を舐めすぎ。死亡推定時刻を調べれば、じきにばれる。いくら気温が下がろうとも、その事実を組み込んで時間を算出するのだから」 「――犯人以外の誰かが朝、鍵を取ってきて準備室に入ってみたら桜井が死んでいた。その誰かさんは驚いてしまって、とにかく鍵を持っているのはまずいと判断し、桜井のポケットに押し込んだ。これならどうだ」 「おお、さっきより随分ましだよ」  石動はにやりと笑った。不謹慎だと思ったのかすぐにその表情を引っ込め、それもまだどことなく愉快そうな色を残しつつ、論をぶつ。 「その人物は何の目的で、朝早くから第二理科準備室なんてところに向かったのかな?」 「それは……想像するに……バレンタインの返事をもらいに。あれ? でも確か、返事を待っているのは四人で、一番は田町さんのはず」 「鍵に関する田町さんの証言が真実なら、残りの三人が、告白の答をもらう順番に関して嘘を吐いた可能性が生じるね。ああ、五人目が存在しないことは、こちらの情報網からして事実認定できるから、安心していいよ」  田町が容疑圏外なら何だっていい。名和は心中でそう吐き捨てた。それから応える。 「田町さんのあと、三人はほぼ十分おきに現れたというから、桜井が十分おきに会う約束をしていたのも確定。となると、嘘を吐いたのは四番目しかいない。四番目以外が実は一番でしたってふりをしたら、嘘がその場で簡単にばれてしまう。つまり、大森さんだ」 「お見事。ただ、この説を採用すると、大森さんは現場に触れはしたが、犯人ではなくなるけどね。残念かい?」 「……論理的に考えてそうなるんだったら、しょうがない。それにさ、話を巻き戻すようで悪いけど、大森さんが嘘を吐いたっていう仮説を立証する術があるか?」 「警察では今朝方、第二理科準備室の鍵を職員室に取りに来た生徒がいたのか、いたのなら誰なのかを特定すべく、聞き込みを行っているそうだよ。女子なのは間違いないようだ」  この学内探偵、情報を名和にちらちらと与えてくれつつも、大きなことを隠す傾向がある。多少の不信感を交えた視線をよこしてやると、石動は肩をすくめた。 「長居しすぎたようだね。このまま話し込むとお茶が欲しくなるから、ぼちぼち去るとしよう。それと名和君。今の仮説は、飽くまで仮説だ」 「それが何か?」 「大きな前提に立っていることを忘れないように。はっきり言うなら、田町さんの証言が偽りである可能性も検討しなければならないんだ」 「――」 「幸か不幸か、時間はたっぷりある。ちょっと考えてみてほしい。田町さんをよく知る、君の立場からね」  そう言うと、石動はくるっときびすを返し、ぐちょぐちょと足音を残しながら立ち去った。  意外に素直なところもある自分を発見して、名和は少し驚いていた。石動に言われた通り、別の可能性を検討し始めたのだ。田町の無実を信じての行為であるのは、論じるまでもない。  当初、一人で考え始めた名和だったが、三十分もしない内にこれはよくないのではないかという思いが、鎌首をもたげてきた。一人でこそこそ考えなくても、田町にずばり聞けばいいのではないかと。  その一方で、馬鹿正直に話せば、田町が機嫌を損ねることくらい、容易に想像できた。早とちりな面のある彼女のことだから、実態を上回る規模で名和を蔑むかもしれない。  悩んだ名和が出した折衷案が、牛尾と二人で考えるという道。二人でならこそこそしているイメージは薄まり、田町にも隠し事をしていない証明になる。 「こんな用事なら、おまえの方が来いって言いたいぜ」  牛尾は、名和の母親への挨拶を済ませて部屋に入るなり、荒っぽい口ぶりで言った。 「それは電話で説明しただろ。石動がまた現れるかもしれないから、こっちにいるのが都合がいいんだ」  牛尾の家には石動が来ていないことを電話口で確かめ、名和はそう判断した。 「まあいいよ。俺は何をどうすればいい?」  促された名和だが、話はほんの少し先延ばしに。母が持って来たお茶と菓子を受け取り、再びドアをきちっと閉めてからようやく本筋に入る。まず、石動から得た情報や推理を、なるべく簡潔にまとめて、牛尾に聞かせる。 「学内探偵なんて怪しげな存在だと思ったが、能力はありそうだな。門の前の雪とか目撃者がいたとか、俺達知らなかったもんな。おかげでアリバイ成立」  冗談めかして言う牛尾。彼は自宅では離れに籠もって機械いじりをするのが日課で、家族によるアリバイ証言すら難しいらしい。今日も離れから直に学校に向かったという。 「朝飯どうしてんの? 飲み物はポットがあるからどうにかなるだろうけど」
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