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 以前、離れに遊びに行ったときに見た情景を思い起こしながら、名和が尋ねる。牛尾は「食べないか、適当に菓子パンをかじる」と応じた。 「よく保つな~。こちとら、朝はあったかい白飯じゃないとだめだし、一人で食うのは寂しい」 「夕飯は家族揃って食べるさ。飯の話は切り上げて、本題に移れ」 「そうそう。要するに……田町さんが桜井の遺体を見付けた際の、鍵に関する証言についてなんだ。証言が偽りだった場合の検討をしてみたい」 「別にいいが、犯人特定につながるのか、これ?」  首を捻る牛尾。考えるだけ無駄じゃないのかと言わんばかりだ。 「おまえと石動という奴の間で話した仮説だって、大森さんが嘘を吐いたってだけで、犯人が誰なのかには直接つながりはしない」 「うん、そうだけど、状況の整理に役立ちはしたと思う。とにかく、僕自身がすっきりしたいんだよ。だから……牛尾は田町さんが嘘を吐いたという前提で、筋の通った流れを考えてくれないか。僕がそれを崩す」 「ふむ。まあ、ゲームのつもりでやってみるか。ええっと? 田町さんは桜井の遺体を見付けてから、鍵をどうしたって?」 「鍵は桜井が身に付けていた。ポケットから取り出し、部屋に施錠した後、人を呼びに走った。施錠したのは、他の人達が現場に入るのを防ぐため」 「なるほどね。好きな男子が死んでいるのを見付けたばかりの割に、冷静に過ぎるきらいはあるが、理屈は合っている。さて、この証言が疑わしく見えたのは、鍵が桜井のポッケに入っていたことだ。実際には前夜、職員室に戻されたはずの鍵が。ここに嘘があると仮定する。換言すると、ポケットに鍵はなかったとしよう。田町さんにそんな嘘を吐く動機が果たしてありやなしや?」  一気に喋って口中が乾いたのか、牛尾は出されたお茶――紅茶を一度に半分がた飲んだ。 「おい、確かめたいことができたぞ」 「何?」 「仮に鍵がポケットになかったとしても、第二理科準備室のドアに施錠したのは、間違いないんだろ。だったら、鍵は田町さんが最初から持っていたと仮定するに等しい。ということは、彼女は準備室に来る前に職員室に立ち寄り、鍵を借りた。その事実を隠したいとしたらどうだ」 「今日、三月十四日に鍵を最初に持ち出したのは自分ではなく、他の者ってことにしたいって訳? それこそそんな行動を取る意味、あるかなあ?」 「分からん。死亡したのが今朝だったのなら、桜井と最初に会った人物が最有力容疑者と見なされるだろうから、ごまかしたくなるかもしれないが、実際の死亡時刻は違うしな」 「あ。田町さんが犯行と無関係なら、死亡時刻を今朝と思い込んでも不思議じゃないぞ」 「そうか。いや、でも、容疑者扱いされたくないなら、第一発見者になるのを避けたがるんじゃないか」 「そこは、桜井を冷たい床にいつまでも横たわらせておくのが忍びなかったと」 「ううん、いまいち、ぴんと来ないな。なまくら刀で斬り合ってるみたいだぜ、俺達」 「自覚があるのなら、もっとしゃきっとした仮説を立ててくれ。僕が顔を真っ赤にして、必死で田町さんを弁護するような」  名和が冗談半分でそう求めると、牛尾は足を組み直した。 「では……こういうのはどうかな。田町さんは昨日夕方、桜井と一緒に下校し、家に招いた。そこで殺害し、遺体を車で学校まで運んだ。家族も共犯なんだ」 「馬鹿々々しい」  一言で切って捨てる名和。それだけだと名和自身のいらいらが晴れない。わざわざ言うまでもないのだが、「遺体をどうやって人に見られずに教室に運び込むんだよ、ばーか」と悪し様に罵ることで、ちょっとは鬱憤晴らしになった。牛尾にしたって、端から本気ではない。甘んじて受け入れる。 「だよな。他の可能性となると……嫉妬はどうだ」 「嫉妬? 話が見えないな、説明頼む」 「俺も思い付いたばかりでうまく言えないが、田町さんにとって鍵を職員室から持って来たことが、犯人に対して負けを認めるような形になるとかだったら、鍵は最初から現場にあったことにしたいんじゃないかなあ?」 「言いたいニュアンスは分かったけど、状況が特殊すぎやしない?」 「うーん、俺がぱっとイメージしたのは、複数の女性と付きっているモテ男がいて、部屋の合鍵を渡しているか否かっていうあれなんだけど。ドラマなんかでもたまにある」  牛尾のその言葉を聞き、何かが閃いた気がした名和。 「……学校の鍵って、その気になれば複製できるのかねえ?」 「できるんじゃないか。実用第一、シンプルな造りだぜ」 「桜井は第二理科準備室をサークル活動に使うぐらい、入り浸っていた。こっそり、合鍵をこしらえていてもおかしくはない、かな」 「うむ。可能性を論じるだけなら、充分にありだろ。金さえあれば、鍵のコピーはできる。そもそも、元鍵があればそんなに高くないと思うし。持ち出すのだって簡単だ」 「じゃあ、桜井が合鍵を勝手に作っていたとしよう。それは付き合っている女子に渡すとかじゃないはず。決まった相手がいるのなら、今さらバレンタインで告白だの何だのって騒げるとは思えないから。だから、合鍵は自分のためだ。桜井は職員室に出向く手間を省くために、合鍵を作ったとする。もしこの仮定が当たっているなら、根本から考え直さなきゃならないんじゃないか」  第二理科準備室の鍵が職員室に仕舞われ、昨晩の八時五十分以降は使えなかったとの前提が崩れるのだから。 「いや、待て待て。はっきりしない仮定を立てて可能性を追ったって、枝分かれの数が爆発的に増えるだけで、追い切れない」  牛尾からストップが掛かった。 「なら、どうしろっていうんだ」 「合鍵を見たことないか、田町さんに直接聞け。彼女が知らなかったら、他の女子でもいいし、桜井と特に親しい男子もありだ。合鍵が実在するのなら、誰かが目にしているに違いない」
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