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9.
一発目で当たりだった。
「ごめーん。騙すつもりじゃなかったの。ただ、桜井君が学校に内緒で合鍵を作っていたことが公になったら、色々と叩かれるんだろうなって想像したら、これは隠さなきゃいけないと思ったの」
名和の電話による質問に、田町は名和の家まで駆け付けて弁明した。
「このこと、早く警察に言った方がいいよ」
名和は怒らず、穏やかに促すにとどめる。牛尾の方は、もう一言二言、どやしつけたいことがありそうだが、どうにか飲み込んだ模様。代わりに、基本的かつ重要な問いを発した。
「頼むから、事実だけを話せって。桜井を見付けたとき、鍵はどうなってたのか」
「うん、だからね、部屋のドアは自由に開け閉めできる状態だった。桜井君が来ていると思ってるから、こっちは当たり前に開けたわ。じきに倒れている彼を見付けて、息をしていない、冷たくなってる、もう助からないと感じた。次に考えたのが合鍵のこと。隠し通すために、鍵が掛かっていたことにしようと一瞬思ったんだけど、あとでばれたら合鍵の存在を知っていた人が、私も含めて疑われる訳じゃない? 密室にしちゃうのはだめだと判断して、職員室に鍵を借りに行ったの」
「え?」
「借りたあと、一端準備室に戻って、そこで初めて遺体を見付けた風を装ったのよ」
「ええ? それだと、桜井のポケットから鍵を取ったっていう証言がおかしいって、疑われるだろ?」
「今のところ、何も言ってこない。朝の忙しいときだったし、鍵の貸し出しは厳密に記録を付ける訳じゃないし、何よりも先生達、大事な生徒の一人が死んだということで動転してるのかしら。警察に伝わってないみたいなのよ」
そんな偶然が。論理的に考えていても辿り着けるはずがない。
「あれ? でもおかしいな。田町さんはその証言がまずいと理解してたんだろ。その上で、桜井のポケットに鍵があったと証言した理由は?」
名和が率直に尋ねると、田町は思い出す風に斜め上を見つめた。
「鍵が開いていたのは事実なんだし、さっき言ったように密室にするとあとで疑われる恐れがあるでしょ。それと、桜井君が今日、バレンタインの返事をあの教室でする予定だったことも絶対にばれる。朝来た桜井君が、鍵を持って、中で死んでいたという状況が一番自然に思えたのよ」
「……何か変だな。納得できない。まだ隠してること、あるでしょ?」
幼馴染みとして勘が働いたのかもしれない。もちろん、田町の言い分にすっきりしない点があるのも、追及を重ねた理由だが。
名和がじっと見つめると、田町は顔を逸らし、ため息を吐いた。
「かなわないな。そうね、隠してること、あるわ。合鍵を預かっていたの、私なの」
「……」
もう驚かないぞと、唇を噛みしめる名和。
「変に受け取らないで。特別な関係なんかじゃなかったんだから。単に、前日、桜井君から渡されたのよ。もしかしたら君の方が早く来るかもしれない、そのときはこの鍵で開けて待っていてくれって」
「それは昨日の何時頃?」
牛尾が横手から質問する。
「鍵を受け取った時刻? お昼休みだったわ」
「昼か。分かった。話を続けてくれ」
「――それで、桜井君が倒れているのを見て、合鍵をどうしようって思った。駆け寄って、彼の服やズボンのポケット全てを探って、他に鍵がないことを確かめた。それから自分のポケットから合鍵を取り出して、考えた。準備室の鍵はかかっていなかったと正直に伝えたらどうなるか。前夜、戸締まりされた準備室が、遺体発見時点でまた開いていたということは、鍵を開けることができた人物が怪しまれる。正規の鍵がどうなっているのか知らないけれども、合鍵の存在がばれたらまずい。
じゃあ、鍵が掛かっていたことにする? それもだめ。合鍵を持っている人物が怪しくなる。どっちにしてもよくない状況よね。だったら、私も曖昧な証言にすればいいんじゃないかって。あとで矛盾に気付かれても、多少のことなら、死体を目の当たりにしたショックで混乱していたから、で許される。そう踏んだのよ。さっきも言った通り、桜井君のために合鍵の存在を隠したい気持ちもあったし」
田町の話が終わるや、名和と牛尾は同時に口を開いた。
「その合鍵は、今どこにあるの。いつまでも隠しておくのはよくない」
「アリバイ成立したんだろ。だったら正直に話した方がいい」
声が重なり、分かりにくい。言い直すのを互いに譲り合ったが、結局、名和の言葉が優先された。
「合鍵は学校にあるわ。手元に置いておくのが怖くて」
「学校のどこ?」
「職員室。入ってすぐのロッカーの裏に放り込んだ」
何てとこに隠すんだ。警察からすれば確かに盲点かもしれないけど。名和は呆れると同時に、感心もした。
「ま、まあ、ああいう場所なら、落としてしまったと言えば、どうにか言い繕えるか」
次に、牛尾の言葉に移る。
「合鍵の件も含め、全部警察に伝えなって。それが田町さんのためだし、事件解決にもつながるんじゃないか」
「うん。理屈では分かるんだけど、やっぱり怖い気持ちもあって」
踏み切れない様子の田町。名和は、ある名前を思い浮かべた。
「だったら、警察に直接じゃなく、学内探偵に話してみればいいんじゃないかな」
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