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わたしは誰?
スマートフォンにやってきた新規メールは新しいコメントを知らせるものだった。
布団の中でメールを確認した俺は、のそのそと体を起こす。まだ目を覚ましたばかりだ。
小説投稿サイト『ノベルオータム』を開く。
連絡のとおり、新しく投稿した物語にコメントが付いていた。
コメントの主はアイリ。同サイト利用者で、投稿するたびコメントをくれる。
ーー素敵な素敵な物語をありがとうございます。門野さんが作り出す物語はたくさんの人の心に響いてます。本当にありがとう! 門野さんの物語はいつも読後がいいですよね。優しい気持ちになります。
アイリはいつだって俺の作品を褒めてくれる。嬉しくて変なテンションのコメントを返してしまいそうだ。そんなことで嫌われたくない。だからクールに形式的なコメント返しをして、スマートフォンを布団の上に投げた。
アイリはどんな人なんだろう。読み専だから作品は1つもないのでいくつかのコメントから読み解くに、テストや課題やバイトの話が出てくることから学生ではないかと思われる。
(大学生か)
思わず頬が緩んでしまう。
(会ってみたいな)
まあ、アイリのほうは一回り以上年上の無職のおじさんに会いたくはないだろう。イタイおじさんにはなりたくない。そこのところはちゃんと冷静さを保ってている。
転職は上手くいかず、パートナーには逃げられ、どんよりとした一人暮らしをだらだら続けていて、今の俺にはなんの実りもない。光もない。
つまらない生活をするだけの凡庸な人間が描く小説なんて、いつかアイリにも飽きられてしまうだろう。
なんとかしなくては。
その時、布団に沈み込んだスマホにまた新規メールを知らせる音が鳴った。
知り合いとの連絡にメールは使っていないから、思わず眉を寄せた。
(誰だ?)
画面には知らないメールアドレス、題名の『アイリです』の文字が並んだ。
ーー門野さん、こんばんは。
今度のオフ会、参加しますよね?
オフ会?
そんなもの身に覚えがない。何かの間違いじゃないだろうか。
ーーわたしも参加します。でも、もちろんアイリとしては行きません。
誰かのふりをして参加をします。
(誰かのふり?)
ーーだから。オフ会に来てください
ーーわたしが誰か、当ててみて
ーーもちろん、誰にも知られずに
俺は再びスマートフォンを布団に投げつける。からかわれているのか、それとも俺にはオフ会の知らせが来ていなくて、アイリだけ誘われているとか。
(それは寂しいな)
そう思うことにして、俺は布団に戻ってダラダラと二度寝に逃げることにした。だって、きっといたずらだ。
しかし、本当にオフ会のお誘いが来たのはその日の夜のことだった。
★
ネットで知り合った顔も知らない人間と実際に会って、そこで事件が起きるなんて。物語にするのには、手垢が付きすぎている感がある。
小説投稿サイトのオフ会なら、尚更。
(でも、怪しいオフ会なんて早々ない。だから大丈夫)
そんなことを考えながら集合場所である店へと向かった。ネットで調べたらかなりおしゃれなイタリアンレストランだとわかり、自分の人生に存在したことのない煌びやかさが画像から伝わって気後れしかけた。
それでも参加を決めたのはもちろん、アイリを探すため。
イタズラかとも思ったけれどオフ会の誘いはちゃんとやってきた。それに、アイリに会えるかもしれないならイタズラでもいいかもしれない。
ーーはじめまして。
小説投稿サイト『ノベルオータム』で投稿している榛木ねこです。
今度〇〇でオフ会をすることになりました。是非門野さんにも来て欲しくて、お誘いのDMを致しました。
コメントやりとりも優しくて面白い門野さんを誘いたいというリクエストが多かったので、来ていただけたら皆喜びます。
今のところ、参加者は
工藤彩葉さん、遥さん、山崎ゆづりさんと私榛木ねこの4人が決まっています。
他の人も声をかけたのですが、返事待ちです。
下にお店のURLを貼っておくので、確認してみてくださいーー
確かにこの5人とはコメントでやりとりをしていた。イタズラだとしたらよくできたリアルな人選。
だいたいは投稿した小説の感想で、でも少し冗談を言い合ったり、コンテスト落選を慰めあったりして、孤独な執筆活動を支え合う仲間だった。
季節は冬に差し掛かっている。あっという間に日が暮れて、街ゆく人がセーターやマフラーが当たり前に身につけ始めている。俺はいつも通りのパーカーを羽織って意気揚々と家を出た。
きっと怪しいオフ会ではない。
何より、このサイト内のオフ会は初めてではないはずだ。過去にオフ会の報告レポートはいくつか投稿され、楽しい様子を窺い知ることができた。
だから、たぶん、おそらく、きっと、怪しいオフ会ではない。
(アイリがいるなら多少怪しくてもいいか)
パーカーを羽織っただけではやや肌寒い風を受けつつ、指定のレストランへと向かった。
そう。絶対、絶対に怪しいオフ会ではない。俺の口元は自然と緩んでいた。
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