わかっちゃうんです

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わかっちゃうんです

 見事に場が凍りついた。俺は背中をゾクゾクさせながら山崎ゆづりを見つめることしかできなかった。  ナポリタン。  その単語を意味ありげに使ったのは、さっきの話を聞こえていたというサインなのか?  息を殺して静まりかえる他の四人を見回し、山崎ゆづり本人は吹き出した。 「ごめん、ちょっと聞こえてて。ナポリタン同盟ってなんですか?」  目配せをするけれど、なんとなく年長者であろう俺が答えることにした。 「いや、企画立てようと思ってて」 「そんなことでここまでピリピリした空気になる?」 「いやね。正直に話すと山崎さんがなかなか来ないから四人で企画立てちゃおうかって、冗談で話していたんですよ。うん、まあ、冗談ですよ」 「ほんと?」 「本当です」 「ほんとに?」 「本当ですよ。山崎さんも一緒に企画やりましょう。皆さんもそう思いますよね」  俺は他のメンバーに助けを求める。 「そのためのオフ会ですから」  榛木ねこが答えてくれた。  その時、注文した生ビールが届いた。山崎ゆづりは嬉しそうにグラスを受け取ると、早速ビールを喉へと流し込む。 「おいしい!」  そう言い放ち、榛木ねこに向き直った。 「榛木さんがいうならいいかな」 「どうしてですか?」  その違和感に、俺は思わず訊ねた。 「榛木ねこさんと山崎さんは初対面ですよね」  山崎ゆづりはフフと笑う。頬が上がり、童顔が更に幼く見える。彼女にアイリの片鱗を探してみたくても、それすら見透かされそうでできない。 「なんとなくわかるんです、榛木ねこさんって真面目で正直だってこと。さっきみたいに。つまり自己紹介の前に誰が誰かわかったみたいに。ほら、わたし心霊系らしいから」  その場にいる人間が気まずく黙り込んでも山崎ゆづりの話は続く。 「文面からもわかるんですよ。その人の性格とか。思っていることとか。だからつい、いい人のフリして遠回しの嫌味をコメントしてくる人に突っかかっちゃったりするんですよね」 「怖いですね」  俺は思わず引いてしまった。山崎ゆづりは苦笑いだ。 「怖がらないで」 「でもさ」  口を挟んだのはロック姉さんの工藤彩葉だった。 「冗談でも仲間外れにしようとしたから、山崎さんはもっと怒ってもいいのでは?」 「やだな。怒らないですよ。ただの冗談なのに。だって皆さんから悪意は感じなかったし。わたしわかります。サイトにいる他の利用者のほうがよほど悪意てんこもりですよね?」 「そんな人いましたっけ?」 「いますよ。例えば……Aさんとか」  俺は思わず山崎ゆづりを凝視してしまった。  Aさんは嫌味たっぷりの粘着性のあるコメントを残していくサイト利用者だった。他人の作品のコメント欄で何度か喧嘩している。  ここにいる五人とも被害に遭ったことがある。 「あの人、男のふりをしてるけど多分女性です」 「そうなの?」  遥が身を乗り出す。ふわふわの髪が揺れる。 「ーー他にもいるんですか?」  榛木ねこも顔を上げて山崎ゆづりに訊ねた。 「他にもって?」 「男のふりとか、女のふりとか」 「もちろん。色々いますよね。皆さんに話しちゃおうかなぁ」  無邪気に笑う山崎ゆづりに、他の一同は大きく頷いた。 「下世話かもしれないけど聞きたい」  山崎ゆづりは少し困った顔をする。 「でもこの能力怖がられるんだよね」 「大丈夫ですよ。話してください」 「聞きたい」  ちょっと負い目のある残り四人で盛り立てる形で、山崎ゆづりはサイト利用者のあれこれを語ることになった。  そこからは、山崎ゆづりによる利用者のプロファイリングが始まった。作風や文章のくせ、コメントの返し方で性格を割り出す。読書歴まで予想を立てる。  ちょっと怖いくらいの説得力、というか達者な口で。その人の物語を読んでいてモヤモヤした部分を、山崎ゆづりは明瞭にしていく。   気持ち良さの後に薄ら寒さが残る。それは,言葉巧みなこじつけを本気にしてしまった自分への罪悪感。 「ちょっとトイレいってきます」  しばらくして俺は席を立った。  知りもしない人のことをあれこれ言っていたら少し胸焼けがしてきた。薄暗い店内は相変わらず客がいない。 (あんな風に何もかも見抜かれていたら怖いな。彼氏とか友だちとかだったら絶対めんどさい)  かわいいけど、彼女がアイリではないと信じたい。あれだけべた褒めのコメントの裏で分析して、見透かしているなんて怖すぎる。薄っすら苦笑いを浮かべながらトイレから出たところで、山崎ゆづりと鉢合わせた。  彼女もトイレなのだろう。  俺は愛想笑いをすると、小さく会釈をする。 「あの」  そのまま通り過ぎようとした瞬間、突然山崎ゆづりが俺の腕をつかんだ。 「えっと、なんですか?」  かわいい女の子に突然腕を掴まれ、上目遣いでみつめられている。不本意にもときめいてしまう。  まさか、ここで「わたしがアイリです」って白状するのか? なんて暢気なことまで脳裏に浮かんでいた。 「門野さん」  彼女は再び上目遣いで俺を見据えた。 「わたしはアイリじゃないですよ」
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