誰かの殺意の矛先1,榛木ねこ

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誰かの殺意の矛先1,榛木ねこ

   三年前。山崎さんには助けられてもいる。  就活真っ只中の頃。  いくつも受けて、いくつも落ちて、精神が病んでいた。地獄だった。  それでも二社、最終面接までたどりついた。  一社はあっけなく落とされることになり、最後の一つ。これがだめなら就職浪人決定。4月から無職。  周りの友人は、みんな決まっているのに。  だから、わたしは追い詰められていた。  滑稽なくらい。  その日の面接は二人だった。  面接官がなかなか来なくて、受付を済ませた後に、随分待たされ、心の余裕がみるみる失われていった。  どちらかが受かるか、落ちるか。  二人して受かるか、落ちるか。  緊張が頂点で達して、吐き気を催したとき、 「大丈夫?」  優しく声をかけてきたのが山崎さんだった。遠慮気味に背中を少し擦り、戸惑った顔は、自分と同じ心境であることを物語っているように見えた。  おかげで少し、落ち着いた。   それを見計らうみたいに面接官が現れて、ようやく最終面接が始まった。面接官をひと目見た時、 (いやだな) と、思った。身なりに似合わない若者向けの指輪をしているのも、見下したような視線も、どこか感じが悪い。  始まるなり、面接官はわたしたち二人を舐め回すように観察した。  そして、最初にわたしの名前を呼び、 「あなたは、その容姿で、ここでやっていけると本気で考えたの?」 と、言った。間違いなく、この内容の発言だった。今なら許されないかもしれないけど、当時はこんなことが本当にあった。  言葉に詰まった。緊張のせいだけとは思わない。何を言っているのか理解するのに時間がかかったのだ。 「隣りの子より見た目が悪いし、暗いし、つまらなそうだけど」  面接官は畳み掛ける。 「そんなことはありません」  そう返したわたしを見て、鼻から息を吐き出す。 「そのキャラ、就活用でしょ?」 「私は、御社の……」 「はいはい止めて」  面接官は首を振った。 「つまらないから」  深い溜息と同時に、顔を反らした。 「一緒に飲んでも、脱いでもつまらなそうだし、さっさと就活やめたら?」  もう目を合わせる気はないように見えた。 込み上げる涙の理由は、悔しいのか、情けないのか、それとと悲しいだけなのか。もうよくわからなかった。  この場で泣くのだけは避けたい。そう思って、膝の上の両手をきゅっと握りしめた。  その時、ガタン、と音がした。 「申し訳ございません」  横を見ると、隣りにいた彼女は立ち上がっていた。 「辞退させていただきます」  深々と頭を下げたあと、淡々と話し始める。 「わざとですよね。面接官は、こうなることを狙ったいたわけですよね?  最終面接なのに、面接官が一人。社長と人事の責任者、所属予定の部署の担当者が来ると知らされていましたし」  面接官は驚いたのか、彼女を見つめたまま固まっていた。何も言い返せずに聞いている。 「面接の開始が遅かったことを考えると」  彼女は唇に薄く笑みを浮かべた。 「こちらは、面接前から不合格決定組なのではないでしょう? 既に、内定者がいると思われます。これ、落とすための面接ですね?」 「だったら、何?」  ようやく面接官が言葉を返す。逆ギレした子どもみたいな返事だった。唇だけの微笑みはわざとらしい。課せられた使命を言い当てられ、焦っているように見えた。 「そんな汚れ仕事をする面接官は、会社でどんな立場なのか、わたしには計り兼ねますが。人を人と思わないようなやり方をする会社。入社できません」  そう言い切り、わたしに視線を向けた。 「あなたは?」  その声は、胸の奥に響いた。  わたしは?  わたしはここで堪えて、内定がほしいだろうか。 「わたしも、辞退します」  頭で答えを探すより先に、言葉がこぼれていた。 「失礼しました」  大袈裟に頭を下げて、二人揃って部屋を出た。面接会場を出た後、わたしは涙が止まらなくなってしまった。駅前に小さな公園を何とか探し出し、ベンチに座った。 「落ち着きなよ」  彼女は慰めてくれた。大丈夫と伝えても、申し訳ない帰っていいと言っても、そばにいてくれた。 「あいつ、スーツも指輪も安物だし、時計のブランドも大学生と違わない。面接に部下も連れてこれない。多分あれは雑魚社員」 「でも」  涙が止まらなかった。 「一言、死ねって言いたかった」  彼女が吹き出す。 「面白い!」  あんまりゲラゲラと笑うから、わたしもつられて笑ってしまった。 「あーあ。二人して時間を無駄にしたね」  彼女は立ち上がり、大きく伸びをした。そして顔を見合わせる。お互い戻らなくてはいけない。内定を逃してしまった現実に。 「また会いましょ」  彼女はそう言って、颯爽と公園を一人出ていった。  だから、山崎さんには感謝している。 ★  榛木ねこが話し終えて、長い沈黙が続いた。  状況を整理する間もなく、話し始めた榛木ねこ。  工藤彩葉が一つため息をついた後、沈黙を破る。 「あなたも山崎ゆづりと知り合いだったわけか」 「まあ、そうですね」  榛木ねこは自嘲気味に笑った。  何も知らずに引き受けた幹事が、今とても煩わしいというように。 「あの最悪な面接から違う会社に就職して、何度か転職して、ようやく今の職場にたどり着いた。まだアルバイトだけど、小さい頃からなりたかった仕事だったからすごく楽しい。  でも、腹が立つことにその職場にその面接官が来た。飼い主として」 「飼い主って、なんの仕事なの?」  俺は恐る恐る聞いてみる。 「動物病院です」  「ーーああ。なるほど」 「受付をしていたら、見覚えのある人が小型犬を抱えて来たの。びっくりした。  こっちのこと、全然覚えてなかった。その時はわたしも知らないフリをしたけど、だんだん忘れかけた怒りがこみ上げて。その場はもちろん我慢したよ。それからしばらく後に、電車の中で山崎さんに会った。わたしにとっては偶然だったけど」  榛木ねこは目を伏せる。 「今思うと、本当は偶然じゃなかったのかもしれない。山崎さんは、あの面接官を見つけたから制裁をしようって誘ってきた」 「まさか、殺す、という意味の?」  工藤彩葉が大真面目で言うので、榛木ねこはちょっと笑ってしまった。 「面接落とされたからってそこまではならないです」 「わたしを何だと思っているの?」  山崎ゆづりはさも不本意といった態度言い返す。 「すごく憎らしく思ったけど、人生捨てたくない。だから制裁っていうのは社会的な意味」  榛木ねこはため息をついた。 「あいつと、その被害者を集めるのが目的。暢気にオフ会に来たあいつが青ざめるところを見るだけ。わたしはそれだけでよかったんだと思う。仕返しして、嘲笑いたかった。それから……」  言い淀んでから、榛木ねこは視線をあげる。 「ごめんなさい。この小説投稿サイトはやってなくて、本物の榛木ねこは別人。山崎さんに言われて榛木ねこを名乗ってる。話が合うようにサイト内の小説はけっこう読んだ。それに、榛木ねこの名前で皆さんを招集したのは多分、山崎ゆづり。だから、わたしは何も知らない」
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