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誰かの殺意の矛先 3,遥
「言っとくけどね。だからって、殺したいなんて思ってないから。ここへ来たのはただの好奇心」
工藤彩葉の一言に少しホッとしたものの、
「もしや、全員この小説投稿サイトの住人ではないのか?」
俺は唸ってしまった。
「その口ぶりだと、門野さんは違わないんですね」
頭を抱える俺を、遥が面白そうに眺めている。
「まさか、遥さんも?」
「はい。別人です。それで、まあ、男です」
遥はおもむろに髪を一つに束ねる。女装であることを堂々と告白し、背筋を伸ばした遥の姿は、凛々しくてきれいだった。
遥が男だということを信じられなかったが、改めて見ると、それは薄暗い店内と、顔や、肩や、首周りを隠す髪型、メイク、コーディネートと、本人の仕草と……色々重なってのことなのだとわかる。
そして、多少の違和感をそこまで追求しない。口にも出さない。俺ならば。
「山崎ゆづりに見抜かれて、正直ビビりましたよ」
遥はきゅっと唇を結んだ。
「質問なんだけど」
その山崎ゆづりが声を上げる。
「どうやってこのオフ会を知ったの?」
「ここにいる人は山崎さんが誘ったんじゃないの? 色々調べ上げて、弱みを握って」
工藤彩葉が吐き捨てる。
「嫌な言い方。遥さんは、遥さんのほうから連絡が来た。オフ会の噂を聞いたので参加したいって」
「それは、わたしが誘いました」
おずおずと榛木ねこが手を挙げた。
「動物病院に訪ねてきたんです。そこで知り合いました」
「知り合いだったの?」
みんなで遥と榛木ねこを見比べる。榛木ねこは申し訳無さそうに視線を落とした。
「わたしは誘った人と同一人物か確信が持てませんでした。見た目はほとんど別人だったし、違う人がきたのかとも思いました」
「ごめんなさい。女装してくるとは思わないですよね。会ったのは動物病院のカウンターで1回だけで後のやり取りはSNSだったから仕方ないです」
オフ会に男性を誘ったのに、最も女子全開の服装のヤツがきたわけだ。別人にせよ変装にせよ、怖かったかもしれない。
「二人はどういう関係なの?」
工藤彩葉が鋭く訊ねる。
「関係も何も。動物病院にある人を探しにいったんです」
遥が苦笑いをした。
「私の職場の主任なんですけど、榛木さんが勤めている動物病院によく犬を預けていたらしくて。事情を話したら、榛木さんはオフ会のことを教えてくれました」
「どういうこと?」
「榛木ねこさんの面接官と、主任。名前が同じなんです」
「まさか同一人物なんですか?」
「待って」
山崎ゆづりが横槍を入れる。
「まずはあなたが主任を探すことになった理由を教えて。そこから論点をずらさないで。誰かがそいつを殺しているのだから」
遥は一瞬山崎ゆづりを睨み、それから、一人一人に目配せをして、話を始めた。
「主任が殺されたとかどうかは知りませんけど、私は殺されかけたんです。主任に」
★
主任は親会社で問題を起こして、私達のいる職場に飛ばされてきました。主任という役職も、社長の独断で取ってつけただけ。
詳しいことは、何も知らされていませんでしたけど、何となくわかります。
仕事は普通にこなして、わりといい位置にいたと思います。
社長にものすごく気に入られて。美人だけど
一見、害のない、ちょっと野暮ったいくらいの見た目に騙されたんですよ。
でも、ある日、見たんです。
社長と出先から帰ってきた主任が、事務所から少し離れたところにある駐車場に、車を戻しに来たんです。たまたま、その日、私も駐車場にいました。
帰ってきたのが見えたので、挨拶をしよう思ったんです。運転席を見ると、座ったままの主任がいました。
主任、おかえりなさい。
そういうつもりで、口の形が「か」になりかけた、その瞬間でした。
社長の鞄から、お金を抜いているをはっきり見たんです。1枚とかではなく、束で。
そして、私に気付かず、自分のポケットにしまいました。
あいつ、盗んだ!
それが最初に浮かんだ答えでした。社長の鞄は、私も見たことがありました。小さな事務所ですから、社員の目の前で社長が鞄から財布を取り出し、「お疲れ様。これで差し入れを買ってくるといいよ」なんてことがよくありました。繁忙期なんか特に。だから大体の人は見たことがありました。
もしかしたら、主任は社長に差し入れを頼まれたのかもしれない。
もしくは財布からお金を出しておけ、と? いや。でも、おかしい。
そして、主任と目が合ってしまったところで私は走って逃げました。
どうしたらいいかわからず、信用していた上司に相談だけして、その日は帰りました。
「泥棒と騒ぎ立てるとややこしくなる」
上司も私もそう考えて、とりあえず黙っていることに言われました。
次の日。何もはっきりしないまま、私は主任と午後から外へ出ることにになりました。
お互い、昨日のことは言い出せず、お得意先を周りました。
「帰りはわたしが運転するよ」
主任がいい出して、僕は運転席を譲りました。嫌な予感はしました。
主任は何故か知らない山道へ進んで、突然停まりました。
真っ暗な森の中でした。
「具合が悪くなった」
主任はそう言って、車の外へ出ると、しゃがみこんでしまいました。
「大丈夫ですか?」
私が駆け寄った、その時。
主任は、私を突き飛ばしたんです。調度ガードレールがなくて、私は崖から落ちました。
シャレにならないです。
笑い事じゃないですよ。
たまたま、運良く助かったけど、死にかけました。本物の殺人未遂です。
精神的には、ここからが悲惨でした。
会社に戻ると、お金を盗んだ犯人にされていました。主任が盗んだアレです。準備したはずのお金がないと騒ぎになった時、主任は私に罪をかぶせたんです。否定したくても崖から突き落としてその場にいないから格好の餌食です。クズですよね。
「彼に、正直に話すべきだって言ったら、逃げられた」って、嘘を撒き散らしていました。
社長は主任を信じましたが、私は否定しました。だって、やっていない。社長はわかってくれなかったけど、私は事実を曲げることはできません。
私に非はないけれど会社は辞めました。あんな人が社長を務めている会社には1秒だっていたくありませんから。
辞めた理由を聞かれるから、まともに就職できそうにありません。殺されかけた上にこの仕打ち。
引き留めに来た上司が教えてくれたんです。主任と不倫関係にある社長は、主任が何をしても許してしまう、と。
主任が社長の財布からお金を抜き出したとみんなの前で告発しても、私の立場が悪くなるだけ。
そんな主任と社長の関係を知っていた上司は、うまいこと処理しようと悩んでいる隙に、主任に先を越されてしまったと言っていました。ここまでやるとは思わなかったみたいです。
「危険な目に合わせて、嫌な思いをさせて申し訳ない」
上司は泣いて謝ってくれました。悪いのは、主任なのに。
社員のみんなで、私を助ける予定だと言っていました。
でも、仲間をリスクに晒したくないですから、私は自分でやると決めたんです。
仲間は子育て世代がほとんどでしたから。特に上司は責任を取らされ、社長権限で職を失い、収入がゼロになるなんて事態を招きかねない。
それでも悔しくて、あいつに一言言ってやりたくて、探し出すことにしました。
社長と一緒ではない、一人の時が狙い目です。そういえば、愛犬の病院に行く時があった。そうしてーー榛木さんと会って、山崎さんのことを教えてもらって、このオフ会にたどり着きました。
★
「でも何故女装を?」
話し終えた遥に訊ねる。
「主任に、遠目で気づかれたら逃げられる可能性があるからです。殺人未遂ですから。でも、この中に、主任はいませんでした」
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