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ドアの外に立っていたのは、地味なコートに身を包んだ若い女だった。瓶底眼鏡を興奮気味に持ち上げ、妙に鼻息を荒げている。
「クリスティーヌ先生いらっしゃいますか!」
「あーーー先生今、留守です。お帰り下さい。」
「ちょっっとまって!どーーーしてもお会いしたいんで!とりあえず中に入れて下さいよっ」
謎の女は、閉めかけたドアの隙間に思いっきり体をねじ込んできた。
「おいおいおいおい、いないっつってんじゃねーか、あぶねーな!いねーんだよっ(ギギギギギ)」
「んじゃあ帰ってくるまで!中で待たせてもらいますううう(ギリギリギリ)」
女はギリギリとドアをきしませながら無理矢理侵入してきた。オレはその馬鹿力に恐怖を覚え、後ずさる。
「な、なんなんっすか?アンタ…」
女は、鼻息で白く曇った瓶底眼鏡をふたたび興奮気味に押し上げる。
「私…私は、クリスティーヌ先生のだ、大ファンで!!先生のお話大好きで、暗記するくらい読み込んで読み込んで、読み込んでおりましてエヘヘヘヘ………もう好きすぎて、二次創作のみならず先生の作品をオマージュした一次創作ゲフンゲフンもとい駄文なんかも…山ほど書いたりしてみちゃったり…なんですが……ですが……」
女はここで不穏に言葉を切り、スゥゥゥゥ…と息を吸った。
「前回の展開だけはどーーーしても信じられなくってっ!!っていうかホント、誰?って感じでビックリしちゃってもう、悲しいやらビックリするやら、逆にいっそ面白いやらなんやらでもう、頭ゴッチャゴチャですよ!!それより何より『☆次回、最終回―――。』がもうショックすぎてショックすぎて、もう絶対先生になんかあったとしか思えなくて調べたら家も意外と近かったんで来てみましたという感じですっ!ってか先生はいつお戻りですかっ!」
女は言い切ると同時にダン!と足を突っ張り、鼻からフンスと息を吐いた。
「いや、だから今日はもう戻らねーっつってんじゃん。」
「失礼ですけど、あなたはどちら様なんですか…?」
「オレは…オレはその…」
息子だよって言ったらまた『嘘つくな』とか言われるんだろうな…説明のめんどくささに躊躇した間を勘違いした女は、勝手にヒートアップしていく。
「妙にガラ悪いし態度もおかしいし…もしかして強盗とかじゃないですよね。奥で先生を監禁してるんじゃないですか?先生ーっ!クリスティーヌ先生ーっ!!」
勝手に奥の部屋へ入ろうとする女をどうにか押しとどめたが、オレの我慢にはいよいよ限界がきていた。
「ちょっ、もー…オレがクリスティーヌ先生なんだってっ!!」
「……は?」
「…厳密には、オレはクリスティーヌの息子で……アンタが信仰してる先生とやらは、どっかのだれかと駆け落ちしたんだよ!!で、息子のオレが続きかいてんのっ!!」
テーブルに雑に置かれた書きかけの原稿を見、女は徐々に冷静になっていく。
「だからなの…?急にカレンがグレゴールに殴りかかったりしたのは…」
「ああ。急に暴れだしたらドキドキすんだろ??」
「先生の作品に別ベクトルのドキドキを持ち込まないで!!」
女はようやくオレの言葉を信じたのか、『あぁぁ』と言いながらその場に崩れ落ちた。しかし、その時オレの脳裏には、さっきコイツが呟いた『文章を書いたりしてみちゃったりしてる』的なことがよぎっていた。もしかしたらコイツ…使えるかもしんねぇぞ。オレはわざと投げやりな調子で言い放つ。
「よっぽどオレのストーリーが気にくわなかったみてえだがよぉー…そーんなガッカリするなら、アンタが続き書きゃいいじゃん。」
女は『え?』と顔を上げる。…効いてるぞ…?
「自分で書きゃー理想の展開にもってけるし?オレも書く手間かからねえし?うまくいきゃーもしかして、連載復活するかもしんねーし……」
女はシュバッ!と立ち上がり、俺の手をガッシリ掴む。
「い、いいんですか…?実は私、絶対ロマンス作家になりたいんです!代筆でも何でもいいから書かせてくださいお願いします!!」
「おっ、おぉ…いいっつってんじゃん、書けよほら!」
試しに原稿用紙とペンを渡すと、女は意気揚々とデスクに向かう。さっきまでの落ち込みが嘘のようだ。
「…前々回の展開からいくと、ちょうど主人公たちが愛をちぎりあう山場なのですが…私経験がないのでうまく書けないかも…」
「しれっとオレの回全無視すんなよ。ってか、うまく書けないかもじゃ困るのよ、復活も次回にかかってんだからさぁ。そもそも知るかよアンタの経験とか…」
女はオレの話を1ミリも聞いていない。
「ある程度空想でも補えるとは思うんですが…サークルでもリアリティがないリアリティがないっていっつも言われてて……前から思ってたけど、ちょっとリアリティが欲しいんですよ……ずっと誰かに頼めないか悩んでたんですが、これはチャンスかもしれない……」
「さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」
「お願いします!チ〇コ見せてくださいっ!!」
「…初対面の男に何言ってんだお前!!」
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