魔王は静かに暮らしたい

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・魔王を倒すため、勇者は仲間を集める旅に出た。……けどコミュ障過ぎて、声をかけることすらできず!? 「第230弾は『集める』です! 揃えるまでは楽しいのに、集め終えると「なんでこんな物を集めたんだろう」と我に返る……なんてことはコレクションあるある。そんな「集める」にまつわるあなたの妄想をお待ちしています!」  そんなセリフを人材募集会場の参加者に向かって、勇者は何度も繰り返す。最初のうちは呂律が回らず引っかかってばかりだったが、やがてスラスラと言えるようになった。  その喜びで勇者の顔に笑みが浮かぶ。しかし、それは束の間のことだった。このセリフだけは言えるようになるのに、肝心のセリフは言えない。魔王を倒すための仲間を集めようと、多くの人が集まる求人イベント会場にやってきたのだが、その募集をするはずが出てくるのは上述したセリフだけなのである。  自分がコミュ障であることを自覚してはいたが、ここまで酷いとは思っていなかった勇者は絶望した。緊張すると駄目なのか? こんな調子で魔王を倒せるのか? 仲間がいないと、魔王を倒せないよ~と独り言を呟きながら肩を落とし泣く勇者に近づいてくる者がいた。 「ファンタジーのコスプレが好きな人にしか見えない、そこの貴方」  勇者は泣き顔を上げた。 「僕に何の用です?」 「もしや貴方は、魔王を退治しようとしている勇者ではありませんか?」 「その通りですけど」 「やはり、そうでしたか! ずっとブツブツ言っているので不安だったのですけど、当たって良かった! 実は私、動画配信者でして」 「動画配信者さんが、僕に何の用です?」 「勇者のパーティーが魔王を倒すショート動画を撮りたいんですよ。是非ご協力をお願いします!」  動画配信者から頭を下げられた勇者は酷く落ち込んで頭を抱えた。 「ごめんなさい、無理です! コミュ障の僕は、魔王を倒す仲間なんて集められません!」  勇者の肩をポンと叩いて動画配信者は笑った。 「ご心配なく! 私が集めてみせますよ」 ・動画配信者がSNSで、場所と時間だけを告知。詳細不明のまま、大勢の視聴者が集まったのだが……?  その視聴者たちの中に、正体を隠した勇者が紛れ込んでいた。自分の目で見て腕の立つ者を仲間にスカウトするためである。  SNSで場所と時間だけを告知すると決めた理由を、動画配信者は次のように説明した。 「魔王を倒す勇者の仲間を募集! なんて大々的に告知してごらんなさい。魔王に知られてしまいます。そうなったら魔王は準備を整え、先手を打って攻撃を仕掛けてくるでしょう。殺し合いになります。勇者パーティーのメンバーは、バンドメンバー募集みたいにやるわけにいきません。慎重にやらないと」  しかし、それには問題がある。集まった者の中に、魔王を倒す優れた能力者がいるとは限らないのだ。それに関して動画配信者は、こう言った。 「人数は多く集めます。ですが、そのほとんどが役立たずでしょう。私たちは、その中から優秀な人材を発掘しないといけません。それは砂浜に埋もれたダイヤモンドを掘り出すくらい難しいです」  だが、それは可能だ! と動画配信者は言い切った。 「勇者の目で見て、凄いオーラを発している者に声をかけてみて下さい。その人が、きっと仲間になってくれます」  本当かな……と不安な勇者だったが、集まった人数が多かったので、何か凄そうな者も多数いた。動画配信者と一緒に、そのうちの上位の者に声をかけてみよう……と勇者が考えた、そのときである。物凄いパワーを放つ若者が見えた。他とはレベルが違う、超一級品の能力を秘めた青年だった。これは絶対に仲間にしないといけない! と勇者は自分がコミュ障であることを忘れ、その若い男性に近づいた。  その若者も、普通の格好をした勇者を見て、何か感じるものがあったようだ。近づく勇者に話しかけてきた。 「すみません、この集まりなんですけど、何のイベントか分かりますか? 告知を聞いて、何か分からないけれど自分と関係があるような気がして、やってきたんですが――」  勇者は、この若者との間に運命を感じた。運命の導きを前にしたら、コミュ障なんて完治! といった具合で勇者は、その若者に自分が勇者で魔王を倒す仲間を探していると告げた。  それを聞いた若者は血相を変えて姿を消した。 ・好きな人の“ある物”を集めると恋が叶うというおまじないを試していたら、彼に怪しまれちゃって――!?  おまじないの本には、好きな人が捨てたゴミでも何でもいいと書かれていたけど、それだけだと恋が叶えられない気がしたので、もっと集めた。ここには書けない“ある物”まで手に入れた。 「ふふふ、これだけ集めたら、絶対に恋が叶うって!」  早速おまじないを唱えたら、どこからともなく彼が出てきた。 「うわっ」 「うわっ」  二人とも驚いた。私は恋のおまじないを唱えたら彼が出てきたことに驚いたし、彼は自分が知らない場所に突然パッと出てきたことに驚いた……のだと思ったけど、違った。彼は私を怪しむような目で見て言った。 「君は同級生の〇〇さんだね……魔王を召喚する魔法を唱えたってことは、君は僕を倒そうとする勇者パーティーの一員だな」  パーティーなんて誕生会以外には縁がなくて、ちょっとしたパーティーで着る服が欲しいけど着ていくことがないし高いから買えない私は、彼が何を言っているのか分からず、首を傾げた。 「えっと……よく分からないけど、私は勇者パーティーの一員じゃないし、魔王を召喚する魔法を唱えたつもりもないよ。ただ……その……えっと」  恋のおまじないの話をできずにいる私は、コミュ障になってしまったかのように、しどろもどろで、かえって彼に怪しまれてしまった……かと悲嘆に暮れたけど、違った。 「そうだね、君からは敵意を感じない。嘘はついていないようだ。だけど……ああ、どうしたらいいんだ。こうして簡単に召喚されてしまったら、どこに身を隠したって同じことだ! 正体を隠して静かに暮らしたくても、魔王であることがいつかは発覚してしまう! 僕には平穏な生活なんて、無理なんだ!」  嘆き悲しむ彼に事情を尋ねたら、教えてくれた。彼の正体は魔王なんだけど、怖いことや争いごとが嫌いで、普通の生活がしたくて、身分を隠して今の暮らしを楽しんでいるんだって。それなのに、自分を倒そうとする勇者が現れ、迷惑しているそう。魔王を召喚する魔法があるので、逃げ隠れしても見つかってしまう、今みたいに。もう絶望だ……とのことだった。  私は、おまじないの本をペラペラめくった。 「魔王を召喚する魔法を阻止する魔法って、索引にあるよ」 「マジで?」  索引に載ったページを読んだ彼は、困惑と羞恥が混ざったような顔をした。 「でも、この魔法には、僕を好きになってくれる女の子の恋の呪文が必要って書いてある。そんな人、いないよ」  わざとクールな表情を浮かべた私は腹の底でニンマリ笑った。いるんだなあ、それが。
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