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孤独な日常
「それでね…この子ったら…」
母親の同僚の玲さんと夕飯を共にすることになった僕は、母の自慢話につきあわされる彼女を横目に見て黙々と食事をとっていた。
無垢の木目が美しい檜のテーブルに、錆の入った古びた鍋が置かれ、温かみのある香りが鼻腔をつく。
「へー、そうなんですね」
玲さんは頷きながら話を聞いているが、内心どう思っているかは分からない。
「…ごちそうさま」
話を聞いているうちに段々恥ずかしくなった僕は、逃げるように食卓を離れる。
「ねぇ、ケガ大丈夫?痛くない?」
席を立って自室に向かおうとした僕を呼び止めるかのように玲さんが話しかける。
「はい、もうなんともないです」
本当は全身痛くてしょうがなかった。かなり見栄を張って不器用な笑みで答えた。
「すぐ近くに住んでるから、何かあったら連絡してね」
暖房のよく効いた室内で温かい食事をとっていたから、玲さんの鼻先が紅く染まり、唇も色艶が良くなったように思われ、また顔が赤くなった。
「はい、ありがとうございます」
薄暗い自室に戻ると、暖房をつけ電気のスイッチを押したらすぐに冷え切った布団にくるまった。
部屋の小さな窓が風に吹かれガタガタと音を立てた。
冷たく静寂に包まれた空気が重くのしかかった。
不安に襲われて胸が苦しくなる。
いまだにあの影のことが頭によぎったが、いろいろと考えているうちに眠りについてしまった。
―鳥のさえずりとともに朝がやってきた。
昨夜早い時間に眠ってしまったためだろうか。
目覚ましをかけずとも自然に目が覚めた。
まだ少し薄暗い。外を見ると一面曇り空に覆われているからこっちまでどんよりとしてくる。
朝の冷たい空気に体温を奪われながら、重たい足取りでリビングに向かう。
眠たい目をこすりながら体を丸めて母の作る味噌汁や卵焼きなど温かい朝食をとって学校へと向かう。
その日は何事もなく拍子抜けするほど呆気ない一日だった。影も出てこないし、玲さんとも会うことなく、変わらない日常がそこにはあった。しかし何故だろうか。
ぼくはひどく虚しかった。
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