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六年前の春の終わり、私は茉莉香に出会った。
夏に上演される『ピーターパンとウェンディ』というミュージカルで、茉莉香はピーターパン役を、私はウェンディ役を勝ち取ったのだ。
当時、私は22歳で、自分で決めたタイムリミットである『大学卒業』まで一年を切って、ようやく掴んだチャンスだった。初回の顔合わせの直前に渡された台本は、軽いはずなのに私にとってはずっしりと重たく感じられた。人生のかかった一冊だったのだ。そして、運命を変えた一冊でもあった。
茉莉香との初対面はその直後だった。マネージャーに付き添われて緊張しながら足を踏み入れた広い会議室、居並ぶ関係者の中に茉莉香がいた。
高校一年生の少女だということは事前に知っていた。オーディションの直前にスカウトされて事務所に入ったばかりで、いきなり主役を射止めたのだということも。
茉莉香はスラリと背が高く、涼しげな目元とイタズラっぽく歪める口元が印象的な、少年のような少女だった。生来の人見知りながら、初舞台で緊張しているであろう年下の女の子の為に精一杯優しいお姉さんを演じようと意気込んでいた私に、茉莉香は物怖じする様子もなく手を差し出したのだ。
――あなたが私のウェンディよね?
と。魅惑的な瞳をまぶしげに細めて、イタズラっぽい笑みを唇の端に浮かべて、茉莉香は私の前に現れた。
――ええそうよ。……よろしく、私のピーターパン。
その手を握り返した時の形容し難い感情を、私は今でも生々しく覚えている。
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