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お店から一歩出ると、初冬の夜風がぴゅうっと吹き付けてきた。
「……うわっ、寒っ」
冬生まれの癖に寒がりな茉莉香が、猫のように身を擦り寄せてきた。茉莉香の香水と私の香水がフワリと混ざる。いい香りだ。お互いの香水が混ざったこの香りが、私は世界で一番好きだ。
「ねぇ茉莉香、少し歩かない?」
「いいよ、どこまで?」
「二つ目の角を右に曲がって、そのまま朝まで真っ直ぐ」
ピーターパンのセリフをなぞって言うと、私にくっついたままの茉莉香が肩を揺らして笑った。
「妖精の粉を振りかけて、ネバーランドまで?」
「そうね」
駅への道筋を確認せず、適当に足を進める。やがて大通りに出た。まっすぐな道の向こうに赤い東京タワーが見える。きっとネバーランドに東京タワーはない。あるのは人魚の入り江と海賊船、深い森とそこに住む迷い子たちだ。
「……翠香?」
遠くに小さく見える東京タワーを見上げて立ち止まった私を、茉莉香が不思議そうに呼んだ。私は体の向きを変えて、茉莉香に向き合う。背の高い茉莉香を下からじっと見つめる。
「……ねぇ茉莉香、キスをあげるわ」
今度は、ウェンディのセリフをなぞった。
私にくっついていた茉莉香は、ヒョイと眉を上げた。少し距離を取って、期待に満ちた顔で私に向かって手を差し出す。
あの夏、舞台の上でそうしたように。
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