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確かにあの夏、茉莉香はピーターパンで、私はウェンディだった。
「翠香さん、今回のオーディションは残念ながら御縁がありませんでした」
子役の頃からお世話になっている事務所のマネージャーさんからのラインに、もはや失意の溜め息も出ない。
「ただ、原作者の桂木先生が翠香さんの演技をすごく褒めてくださっていたみたいです! 別の作品のキャラクターに、翠香さんがイメージぴったりらしいです。その作品も実写化しようという話が内々に進んでいるらしくて、是非その時にはオーディションに参加してもらえたら、とのことでした!」
続いたフォローを嬉しいとも思わない。伝聞調だらけの原作者の言葉が本気なのか社交辞令なのか分からないし、内々に進んでいる話などいくらでもあってそのほとんどが実現前に立ち消える。仮に実現したところで『主役に抜擢』ではなく『オーディションに参加』からだ。
「こちらこそ、力及ばずすみません。でも、とても良い勉強になりました。
そして、原作者さんからのお言葉、とってもありがたいです! もし本当に実写化されるのであれば、是非オーディションに挑戦させていただきたいです!」
寝転んだまま液晶画面を機械的にタップして、淡々と返信を打つ。文字でのやりとりは楽だ。いくらでも嘘をつけるから。
最後に丸みを帯びた三角の送信ボタンを押して、スマホをシーツの上に置く。
ふぅ、と溜め息が遅れてやってきた。失意のではない。上手く嘘がつけた自分への安堵と労いの溜め息だ。
その私の頭の横で、スマホが震えた。マネージャーさんからの追加連絡だろうかと思いながら、電源ボタンに親指の指紋を押し付けてスリープモードを解除する。
「翠香、今日、予定通りで大丈夫?」
メッセージは、茉莉香からのものだった。
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