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校舎の中に入っても、方々から声をかけられている様子を見て、彼の凄さを実感できた。建物の中を隅々まで案内してくれる彼に、教授らしい年配の男の人が話しかけてきた。
「進藤くん、良いところにいた。数分だけいいかね?」
「すみません、斎藤教授。見ての通り今は忙しいんですよ」
彼は私の手を強く握った。繋がれた私たちの手を見た斎藤教授は、私に向かって頭を下げてきた。
「お嬢さん。申し訳ないのだが、10分だけ彼の時間をいただけませんか?」
突然、頭を下げられて私は恐縮してしまった。
「頭を上げてください。私は平気ですから、どうぞ」
そう言って、彼を教授に差し出した。
「私はちょっとブラブラしてるね」
「わかった。すぐ戻るから」
二人は、廊下を歩いて行った。一人になった私は、校舎の中を探検をするように歩き回った。
一通り建物の中を巡って、エントランスのベンチに腰を落ち着かせて、窓から外を眺める。大学という独特の空間が心地良い。日常とは少しだけ隔離された空間に、これだけの学生が集まっている。皆、夢や希望を抱えて前に向かって進んでいるのに…。
廊下の奥から声が聞こえてきた。
「進藤くんと一緒にいた女の人なに?」
「えーわかんない。手繋いでたよね?」
廊下を歩いてくる二人の女子学生が、おそらく私の事を話している。声のトーンからして、あまり私はよく思われていないようだ。
私は咄嗟に二人に対して背中を向けてしまった。この場所が私の居場所ではないということが、私の気持ちを後ろ向きにさせているのだろうか。
「結構、オバさんじゃなかった?彼女だったらショックなんだけど」
(う…、確かに若くは無いけどね)
私が近くに居ることなんて気づかない女子学生は自動販売機の前で話を続けていた。そんな会話を聞いているうちに、私は居た堪れなくなってしまい廊下の床をじっと見つめて俯いてしまった。
一瞬顔を上げると窓ガラス越しに、こちらに向かってくる圭くんの姿があった。二人の女子学生が、圭くんに声をかけようとしていたが、彼は二人を無視して私の方へと向かってくる。
「のぞみ。ここにいたんだ」
背後から声を掛けられて、やっと顔を上げることができた。彼の方を見ると、彼の向こうにいる二人の女子学生は気まずそうにこちらを見ていた。
優しく、私の手を取って立ち上がらせてくれる彼。その勢いのまま、私の視界は彼の綺麗な顔に覆われた。
「ん…、ん」
一瞬だけ触れた唇が離れ、彼が優しい笑顔で私の顔を覗き込んでいる。
二人の女子学生に向かって、彼が言い放った一言。
「そういうことだから」
再び彼の唇が近づいてくる。ゆっくりと。その様子を、二人の女子学生に見せつけるように唇を重ねた。
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