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軽いお昼を食べて、洗濯物を取り込んでいるとテーブルに置いていたスマホが振動していた。
振動した長さから、メッセージだろうと思った私は、すぐに確認はせずに先に洗濯物を畳むことにした。
綺麗に畳み終わった洗濯物を並べ、テーブルのスマホを手に取って画面を確認する。メッセージアプリに通知が来ていて、それをタップした。
”のぞみ先生、お元気ですか。進藤です”
画面を見た私は、その一語一句から目が離せなくなってしまった。最初から最後まで何度もメッセージを読み返す。たった数文字を何度も何度も。
「圭くん…」
メッセージの主、進藤圭は、私が高校で現国を教えていた時の教え子で優秀な生徒だった。先生たちからの信頼もあったし、生徒達からも慕われていた。ジョンレノンのような丸眼鏡をかけた、淡麗な男の子だった。
私は彼の当時の姿を今でも詳細に思い出すことができる。スマホを見ている今も、私の中では彼が笑ったり、怒ったりしている様子が映し出されている。
———それは、私たちの距離が近すぎたから
大事に蓋をしていた思い出達が、箱の中から顔を覗かせている。今の私の絶対に開けてはいけない箱の蓋がゆっくりと開く音が聞こえている。
このメッセージに返信をしたら、今の私の生活は壊れてしまう。そんな予感がしていた。テレビから聞こえるコメンテーターの声が、だんだんと意味のない音に聞こえてくる。やがて、私の耳には何も聞こえなくなる。それくらい私は意識をスマホの画面に集中していた。
気がつけばその画面には『送信しました』の文字が映し出されていた。
"お久しぶりです。圭くんはお元気ですか?"
相手からの返信を期待する文面が、私の心情を表していたのかもしれない。
その画面を見て、襲ってきたのは後悔の念。でも、それは徐々に消えていき、気がつけば何かに期待するような気持ちで胸がいっぱいになっていった。
自らの意思でレールから外れ、自由に歩き回ることが出来るようになった感覚。レールから地面に降り立つと、周りの景色が彩り鮮やかに染まっていった。
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