思い出は綺麗なままで

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 時計を見ると午後の2時を回っていた。娘の帰りに備えて、私は玄関の前でバスを待つ。  バスを待っている間もメッセージアプリを見続けてしまうくらい、返信を待ち焦がれていた。 「私何してるんだろ…」  今更、圭くんと何か起こる訳ないのに。起きてはいけないのに…  スマホの画面から顔を上げると、ちょうど遠くの方から聞こえるバスの音が、娘の帰宅を知らせていた。  夕食時、夫が次の日曜日について楽しそうに話をしていた。  夫の勤める会社は、地元の建材商社で、社長を含めて社員も体育会系のノリが強く、正直言って苦手だった。"社員は家族"をモットーに会社の行事に家族を招待するような会社で、いつもなら誘いを受けてもやんわりと断っていたけれど、今回の暑気払いは、夫の顔を立てて私も参加することになっていた。 「少し顔出したら先に帰っていいからさ」  夫はそう言ってくれるけど、実際はそうもいかない。  他の社員や家族に挨拶をしたり、片付けをしたりしなくてはいけないのだから。 「うん、そうするね」  作り笑顔で夫に返事をした私は、妻失格なのかな… (行きたくないけど…)  夕食を済ませて、食器を洗っていると、キッチンに置いていたスマホの画面が光ったのが見えた。  淡い期待を抱いて、急いで食器を洗う。今の私は家事よりも何よりも、メッセージを確認する事が優先になっていた。 ”元気です”  短い文の中に、様々な思いが詰め込まれているような気がする。夫と娘が並んでテレビを見て、こちらに背中を向けている。見られている訳では無いけど、スマホを家族の死角に移動させてしまった。  続けて届いたメッセージを見た私の心臓は、ドクンと大きな音を立て、5年ぶりにあの感覚が蘇ってきた。 ”逢いましょう”  そのメッセージに触れないように遠回りをして返信したつもりだった。 ”日が合えば…ね”  スマホの画面の中で、どんどんと話が進んでいく。この部屋にいる3人の中で、私だけが違う空間にいるようだった。 ”のぞみ先生が都合の良い日があればいつでも”  私の空いている日は子供が幼稚園に行っている間しかない。  わかっているはずなのに… ”今週の日曜日なら…”  もう戻れないのかもしれない。いや、違う。戻るのかな…
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