1、始まり

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 最初から鬱々としていたものですから、邸宅の玄関ホールにアルマンが現れた時は、輪をかけてガッカリしました。  だって、艶々した黒髪は美しいと思いましたが、ヒョロヒョロした体に女顔、ヒゲも生えていないんですもの。でも、人のことは申せませんわね。眼鏡をずり上げ、暗い色のドレスをまとったわたくしはアルマンの目には地味と映ったようです。明らかに落胆した顔をしていました。  一方で、玄関ホールに出迎えたアルマンを見て母は、 「まあ! きれいな方!! ルイーザ、緊張しちゃうわね!!」  そう言って小躍りします。わたくしにそっくりな見た目の母は才女なのですが、イケメン大好き……世俗的なところもある人なのです。若作りの父は苦虫を噛み潰したような顔をしていました。  アルマンに案内され、わたくしはトボトボと大広間に足を踏み入れました。パーティなどが行われる大広間には大きなシャンデリアが何個もぶら下がり、連なる柱の間には金に縁どられた格子窓がはめ込まれています。貴族の邸宅らしいきらびやかな(たたず)まいでした。  ですが、王城にお呼ばれしたこともございますし、わたくしたち家族にとっては、王都にある我が家よりちょっと贅沢だなと思う程度です。  金目当てで結婚する――卑しい立場のわたくしにとっては、スタンダードな美男子も豪勢な大広間も、下手な画家が描いた絵画と同様でした。無味乾燥でつまらない。  そんなわたくしが、まさか我を忘れるほど、心奪われることになろうとは……  目の前に現れた彼を見たとたん、わたくしの時間は止まりました。  眼鏡をずり上げるのも、呼吸も忘れ、彼に見入りました。  短い髪は均一にグレーで、同色の口ひげは先がクルンと丸まっています。見上げるほどの長身にジュストコール、ジレの上からでもわかる隆々とした筋肉。物憂げなグリーンアイに捉えられ、心臓がキュンと収縮しました。微笑むと目尻と口元に知的な皺が寄ります。  ――なんて素敵な方なのかしら……  わたくしが心奪われたのは婚約者の父親、ピヴォワン卿でした。
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