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意外にも、レオンは落ち着いていました。乱れ知らずの口ひげの先は、ピンと上を指しています。
「簡単だというのなら、勝てるのだろうな?」
「当然ですよ。馬鹿らしいから、やらないだけです」
「あいにく、私はチェスをつまらないとも、簡単だとも思わない」
「それは残念です。あなたほどの名声を得た人が……」
「いいかい? 騎士の世界では決闘裁判というのがある。戦いで平等に罪を裁くのだ」
「??……騎士の話です? 決闘裁判は野蛮な方法だと思いますが。力で、どうにかしようだなんて……」
「単なる力ではない。プレッシャーに耐えうる精神力、戦闘技術、勝つための知略、チャンスをものにできる才覚、神に愛される能力。最後に運を味方にできた者が勝てる。君は無神論者かね?」
「その質問には答えたくありません。脱線してますが、意図的に論点をずらそうとされてます?」
子供から見れば、レオンは怖いオジサンです。よくもまあ、物怖じせずに受け答えができるものだと、わたくしは感心してしまいました。
言い争いは続きます。
「論点ずらしではないさ。全部つながっている。さっきも言ったように、勝敗を決めるのは強さだ。決闘裁判というのは、非常に原始的かつ合理的な裁判なのだよ?」
「意味がよくわかりませんが、世の中が弱肉強食ということをおっしゃりたいので? なるほど……強者が勝利して、弱者を淘汰するという点に関しては、決闘裁判は合理的です」
よかった。二人の意見が合致しました。これで仲直り……と思いきや、
「ふむ、強さは正義だと君は考えるのだね? ならば、証明せねばならぬな?」
「え? 僕がです? 何を証明するんですか?」
「先ほど、君はチェスを簡単だと馬鹿にした。私はチェスを愛している。愛する人をけなされた時、君ならどうする? 名誉を回復したいと思うだろう?」
「それはあなたの問題であって、僕の問題では……」
「君は一方的に偽りの認識をもってして、チェスの名誉を傷つけた」
「チェスがくだらない根拠は、さっき述べたはずです」
「ままごとだの、駒の数だのは根拠にならない。簡単だと言うのなら、証明しなさい」
ローランは黙りました。減らず口を叩くのにも、限度があるということでしょうか。相手が悪かったですね。
「大人は自分の言ったことに責任を持つ。人の上に立つ者は、なおさら気をつけねばなるまい。将来、兵を指揮するような人物になりたいなら、逃げてはいけない」
レオンは言い聞かせるように話します。まっすぐなグリーンアイは、笑っていました。不敵な笑みといったところでしょうか。
そんな顔をされたら、また惚れ直してしまうではないですか。
「何度も言うよ。君はチェスが簡単だと言った。世の中が弱肉強食だとも。男に二言はないはず。私は愛するチェスの名誉を回復するため、君に戦いを申し込む」
チェックメイト――
心の声がつぶやきます。さあ、逃げ場を失ったキングはどうするでしょうか? まさか、裸の王様ではないですわよね?
「受けてたちましょう」
ローランの緊張した声が、広間に響きました。
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