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わたくしはローランを思いっきり褒めてあげようと思いました。
その碧眼を見つめて、「おもしろい対戦だったわ。あなたも楽しかったでしょう」と、嫌がるかもしれませんが、金髪をなでなでしたいとも思いました。
ところが、青空みたいな目は閉ざされていました。伏せたまつ毛から、ほろほろ涙がこぼれ落ちます。
えぇ!? 泣いてるの!?
この生意気な少年が涙を流すなんて、思いもしませんでした。泣いているのをごまかそうと、目をゴシゴシこすっています。
まだ、九歳ですものね。よっぽど、悔しかったのでしょう。
レオンが手を差し出しても、反応できずにいました。幼いとはいえ、目上の人に対して礼を失してはいけません。わたくしが助け舟を出さねば……
「終わったら、握手やお辞儀をするのが通例なの。これは正式な対局ではないけれど、戦った相手に対しては礼を尽くすのがマナーよ」
ようやく、ローランはレオンと握手しました。
そのあとは、しょんぼり肩を落とし、盤面を眺めていました。この子のことだから、負けたことをあれやこれや言い訳するのかと思いきや、想像以上に打ちひしがれています。
少年を無理に移動させるのも、気の毒だと思ったのでしょう。レオンは喫煙室へ行ってしまいました。
残されたわたくしの気まずいこと……
「驚いたわ。初めてで、レオン相手によく健闘していたわね」
「お世辞は結構です」
ほーらね。取り付くしまもないでしょう? 負けを認めたくないのですよ。
「お世辞ではないわ。負けたのはあなただけど、わたくしは純粋にすごいと思ったの。失敗を踏まえて鍛錬すれば、あなたならレオンに勝てる」
“勝てる”の言葉にローランは反応しました。顔を上げ、キッとわたくしを見据えます。
「本当にそう思います?」
「ええ」
わたくし、嘘は申しておりません。
「見て。攻めている時、ほら、キングの前の歩兵を取られてしまったでしょう? 騎士を置いて守らせていれば、そんなことにはならなかったわ」
お? 案外、大人しく解説を聞いてますね? 感心感心。
「最初のキャスリングは守りとしては、良かったわ。でも、途中からそれを生かせていない」
何も言わず、ローランは盤面をにらみつけます。負けた原因を心のなかで噛み砕き、何度も反芻しているようでした。
ただの遊びなので、棋譜はメモしていません。ですが、だいたいのところは頭に入っていますので、この時こうしたら良かったとアドバイスくらいはできます。例えば、の話は勉強になるでしょう。熱心に聞いてくれるのは嬉しいです。
比べるのはよくないと思いつつ、ノエルとの違いに驚かされました。ノエルは対戦したあと、眠そうに話を聞きます。終わったら、早く別のことをして遊びたくなっちゃうのでしょうね。子供だもの。仕方のないことです。
でも、ローランはわたくしのアドバイスを聞いて、実際に駒を動かして陣形を変えてみたりするわけですよ。首をひねり、何度もシュミュレーションします。
チェスを幼稚な遊びと馬鹿にしていたことなど、すっかり忘れてしまったようでした。
あまりに真剣ですから、わたくしもつい教えたくなるでは、ありませんか?
一緒に駒を並べて、こういう戦術もある、こんな陣形はどうだろうとやっているうち、ローランの顔に笑顔が戻ってきました。
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