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3、始まり
「どうしたんだい、ルイーザ? 最近、いつも浮かぬ顔をしてるじゃないか?」
渋い低声で我に返りました。いつもどおり、わたくしとピヴォワン侯爵は大広間でチェスをしておりました。
夏、真っ盛りの蝉の鳴き声が外から聞こえてきます。
心配そうなグリーンアイに吸い込まれ、わたくしはポロポロと涙をこぼしてしまいました。
眼鏡が濡れて、さぞ、みっともなかったことでしょう。わたくしは眼鏡を外し、小テーブルに置きました。ボヤけた視界に、息を呑む侯爵のお顔が映りました。
「なにか苦しんでいるんだね? 私でよかったら、なんでも聞くよ? 君は息子の婚約者……いや、私の大切な友人だからだ」
もう、無理です。わたくしはあなたの息子ではなく、あなたを愛してしまったのです。しかも、両親は借金まみれで、あなたの財力を当てにしている――そんなセリフが喉のところまで、出かかっていました。
わたくしが打ち明けられたのは、借金のことだけでした。
これで彼は愛想を尽かしてくれる。わたくしは幸せを奪われる代わりに、罪悪感からは解放されるのだと思いました。それなのに彼は……
「借金のことは気にしなくていい。私がなんとかするから」
と、おっしゃったのです。
そして、唖然とするわたくしを抱きしめてくださいました。
ほのかに立ち昇る香水と男臭さの融合に、わたくしは訳がわからなくなりました。彼の匂いを胸いっぱいに吸い込み、「ありがとうございます」を繰り返すしかなかったのです。
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