3、始まり

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 それから、わたくしの意識は大きく変化しました。大好きなピヴォワン侯爵に負担させるものか、自分の力で戦ってやると。  四六時中、考えて考えて考え抜きました。寝る間も惜しみ、彼の屋敷へも行かなくなりました。これも愛する彼のため。  そして、ついにひらめいたのです。  チェスと母が開くサロン。これを結びつける!!  チェスは貴族社会で人気でしたが、公式な試合というのはまだありませんでした。  賞金を用意し、頂点を決定する試合を開催するのです。人も集まりますし、夢があります。予選は無料、本戦は会員制のサロンで開き、有料にします。  わたくしはさっそく、母に相談してみました。我が家は美なら父、知なら母なのです。母には人脈もあります。  賞金を用意するのくだりで眉間に皺を寄せていた母は、最後まで聞き終えるとニッコリ微笑みました。 「いいんじゃないかしら! やってみましょう!!」  姉さん女房強し。正直な話、誰が見ても美形の父ではなく、知的な母に似ていると言われるのが嫌だったんです。でも、この時は母に似ていることが、大変誇らしく感じられました。  母の行動力には目を見張るものがあります。すぐさまサロンを開き、チェス大会の参加者を募りました。母だけでなく、父や兄妹もそれぞれの人脈を駆使し、宣伝してくれます。王家とのつながりもあるジェラーニオ家だからこそ、立てられた戦略でした。  わたくしも、ぼんやりはしてられません。久しぶりに婚約者宅へ出向きました。目的はもちろん、ピヴォワン侯爵です。アルマンはやはり留守でした。  わたくしは侯爵にチェスの大会の話をしました。 「大会を開催するにあたって、何かアドバイスがございましたらと思い、お訪ねいたしました」  いつもの大広間で、チェス盤を挟んだ向こうにいる侯爵は顔を輝かせました。 「そういうことなら、ぜひ協力させていただきたい! 人集めもするし、賞金は私に用意させていただけないだろうか?」  賞金なんてとんでもない……。これ以上、ご迷惑をおかけするわけにはいかないと固辞しましたが、侯爵は首を縦に振りませんでした。 「君が屋敷に来なくなって、傷つけてしまったのだろうかと、私はずっと気に病んでいた。君のためにできることなら、なんでもしてあげたい、そういう気持ちなのだよ? なぜだろう? 実の息子より、君のことを愛おしいと思ってしまうのだ」  こんな嬉しいことを言われて、(かぶり)を振り続けるわけにはいきません。わたくしは彼の好意を受け入れることにしました。  グリーンアイに捉われると、時が止まってしまいます。訪ねてこないことを気に病んでいたと聞いて、わたくしは昇天してしまいそうでした。  しばらくぶりの彼の碧眼には熱く燃えたぎる炎が宿っていました。以前の物憂げな感じとはちがいます。とてつもない生命力を感じたのです。彼のパワーに影響されてか、わたくしの体内にも小さな炎が生まれたようでした。それは欲望に近く、表に出すのが浅ましく感じられましたが、彼に手を握られると、燃え盛る烈火になりました。  あの時のように抱擁されたい。彼の匂いを胸いっぱいに吸い込み、厚い胸板にこの身を預けたい。クルンとした口髭や目尻の皺を指でなぞることができたら、どんなに幸せでしょう。
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