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そして満面の笑み
「人がね、夢を見ていたことだけ憶えていて、その内容を忘れる時ってね」
再び亜紀の夢の中、今度は公園の二人乗りブランコで侑芽と隣り合わせで話している。
「うん」
「その夢の内容がその人にとって大きく間違えている時に、自分を守るために忘れるんだってさ」
「間違えている?」
亜紀が小首をかしげる。目の前にいる侑芽と同じく、亜紀自身も小学校に上がる前の姿になっていると自覚していた。
「そう。良心に沿わないっていうのかな。罪悪感に苛まれる夢」
侑芽が正面に視線を向けると、いつもの小さな映画館のスクリーンが姿を現していた。
「例えばこの夢。今は夢の中だから憶えているでしょう?」
高校の制服に身を包んだ亜紀。そのすぐ後ろには愛用のキャップを深く被り俯く侑芽がいる。
「こんなの、根に持たないでよ。夢の中のことじゃん」
「あら、根に持っているのはどっち? 今もお姉ちゃんの夢の中だよ」
亜紀は見たくないと固く目を瞑った。だが、しょせんは夢の中だ。目を閉じようが何をしようが、それは亜紀の目の前に現れる。
「癌は伝染しないって保証どこにもないんだから、近づかないでよね」
面白い冗談でも言ったかのように、高笑いする亜紀。
「大丈夫だよ。うつんないよ。こんなことしても絶対」
そう言って侑芽は後ろから亜紀の口の中に二本の人差し指を入れ、左右に広げた。
「お姉ちゃんが笑えば、それだけでお金になるんだよね。何て言ったっけ? 一笑成金?」
亜紀が反論しようとしても言葉が出てこない。
そんな過去の夢の映像を見せられて、亜紀は立ち上がった。その亜紀に、大人の姿になった侑芽が立ちふさがる。息を引き取る直前の姿で。
「どうしてこの夢を憶えてなかったのかな。侑芽のことを酷く扱ったから? それともこの後、侑芽から殺されるから? まあ、自分で答えは分かってるんだろうけど。じゃあ、この夢はどう?」
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