9人が本棚に入れています
本棚に追加
一笑千金
香川県高松市内。美術館通りを歩く姉妹が、瑞々しい野菜の並んだ店へ「こんにちは」という姉の明るい挨拶と共に入ってきた。
「いらっしゃい。あら、亜紀ちゃん来てくれたのね。いつも思うけど、ホント美人よねえ亜紀ちゃん」
「そんなことないですよ。色々誤魔化しているんですから。素顔なんて見られたら、ビックリされちゃいますよ。全然違うって」
「ううん、私も女だもの。誤魔化しだけじゃこうはならないって、嫌という程実感しているもの」
亜紀は大抵妹の侑芽と行動を共にしていた。年子の姉妹は妹が生まれた瞬間から今この時まで仲良く育ってきている。
だが、姉の亜紀の買い物に付き合うとき、妹の侑芽はいつも地面と睨めっこだ。いや、一人でいる時以外の彼女はいつもそうかも知れない。駅前にもうすぐ完成する高松シンボルタワーの近くを歩くときでさえ、顔を上げることがない。
「そうそう、駅の大っきなポスター! おばちゃんね、友達にいつも自慢してるの。この子うちの店のお得意様なのよって」
「そうなんですか? それは光栄です。お得意様って思って頂けているのも嬉しい」
キャップを深く被り、地面だけを見ていた侑芽にも分かっていた。亜紀は今、馬鹿みたいに明るい笑顔を振り撒いている。たかが野菜を買いに来ただけで。
「やだ、もう。こちらこそ光栄だわ。そうそう、これ、今年から契約農家さんが作り出した物なんだけど、プレゼントするから炒め物にでも使ってみて」
「まあ、これってこの前テレビでやってたの見ました。丁度気になっていたんですよ」
「ほんと? 良かった!」
「また感想をお伝えしますね」
「そしたらまた『モデルAKIさんから感想を頂きました』ってお店のブログにアップしてもいいかしら?」
「もちろん、お役に立てればいいんですけど」
地面を睨んだまま二人の会話を聞いていた侑芽は、ガリガリと腕を掻きむしり始めた。苛立ちがそうさせているのか、上っ面だけ化粧で塗り固めたような会話が肌に合わず、アレルギー反応を起こしているようでもある。
血が滲むほど腕を掻きむしった侑芽は、会話する二人から少し距離を取って店内を歩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!