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「おはよう」
その日の朝、というよりも昼に近い午前十一時半。ようやくリビングに降りてきた真人の様子は、母親としての目を持っていなくてもぎこちないのは明らかだった。
「おはよう。昨日は何時に帰ってきたの?」
真人はアルバイトから帰宅後、亜紀に渡された名刺にギョッとして、家の外に出てから書かれた番号に電話していた。そしてそのままビジネスホテルに泊まる折尾を訪ねていた。
「二時ぐらい、かな」
「そんなに遅く! 変なこと沢山聞かれたの?」
「いや、刑事さんと話したのは一時間くらい。それから友達と飲みに行って」
「なによ、それなら連絡してくれてもいいのに」
「だって、気付いたらもう遅かったからさ、寝てると思って」
会話が途切れる。何を話すべきか探す時間が二人の間に流れていた。その時間の流れに手を触れたのは亜紀が先だった。
「御手洗、ううん、勝田絵里奈さん。知っている人だったの?」
訊かれると覚悟していた真人だったが、実際に母親の口からその名前が出ると、身体を硬直させた。
「知ってる、というか、名前までは知らなくて。ネット上での知り合いだったから」
「SNSとか?」
「うん、まあ」
「じゃあ、特別関係なかったんだね? 刑事さんとの話もすぐ終わったんなら」
ホッとした様子の亜紀だったが、真人はまだ何か言いたげにしていた。
「実は、明日改めて警察署で話をしてくるんだ。多分一日かかるからって」
「え? だって、名前も知らなかったんでしょ?」
「うん。でも、その」
真人は子供の様に言い淀んでいる。亜紀は優しく抱きしめたくなる衝動を抑え、ただ真人の言葉を待った。
「死ぬところ、見たんだ。ビデオチャットで」
亜紀は息を飲んだ。
ニュース番組で流されていた画面のほとんどが修正されていた映像。被害者のスマートフォンに残されていたという動画。「男女の交流用ツーショットビデオチャット」と説明されていたが、何をするためのものかは明白だ。
「刑事さん以外で誰かに話した?」
「いや、誰にも言ってない。話せるわけないだろ」
僅かに見せた真人の苛立ちに、亜紀はそれ以上話を聞くことができなくなった。
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