一笑千金

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「侑芽、誕生日には少し早いけど、ちょっと渡したいものがあるから今日の放課後に丘の下の公園、いい?」  週半ばの水曜日の朝、侑芽のいる英語科の教室へそう言ってきたのは、同じ高校の調理科に通う絵里奈だった。 「え? 本当? 嬉しい!」  免疫力が低下している侑芽は、マスクを常に付けているが、その下で満面の笑みを浮かべているのは明らかだった。それを見て絵里奈も笑顔になる。 「じゃあ楽しみにしててね」  侑芽は同じ高校に通っていても、学科が違うせいもあって疎遠になっていた絵里奈からの嬉しい誘いに久しぶりに心に羽が生えたように軽くなっていた。それと同時に、体調も良くなったと実感していた。普段間食することのない母親が作った弁当も、この日は全部食べられた。  そして放課後、公園に現れた侑芽に対して絵里奈がかけた言葉は誕生日を祝う言葉ではなく、謝罪の言葉だった。 「ごめんね、侑芽。私は学校に来なくなる方に賭けてたんだけど、侑芽ったら学校辞めないんだもん」  侑芽には状況が分からなかった。分からなかったが、ただ心の底からゆっくりと広がってくる恐怖が警笛を鳴らしていた。  公園にいたのは絵里奈だけではなかった。他に男子がふたり。ひとりは中学時代の同級生。侑芽は耳にしていなかったが、最初に侑芽の病気を担任が説明した時に「キスで病気はうつるのか」と訊いていた男子だ。 「ちょっと、エリィ。どうして謝るの? これどういうこと?」  絵里奈はマスク越しでくぐもった声が、さらに恐怖で震えているのを耳にして、耐え切れずにその場から駆けて逃げ出した。 「待って! エリィ!」  追いかけようとした侑芽の前に同級生だった男子が立ちふさがった。 「人を賭けの材料にするようなヤツは友達にしない方が良いぜ」  どういうことか。それを訊こうとした侑芽だったが、もうひとりの男子に後ろから羽交い絞めにされると、喉が張り付いたようになり言葉が出なくなった。 「中学の時に言われたんだよな、センセーに。喋っても手を触っても、何をしてもうつらないからって。ただ、キスしたらどうなるのか返事してくれなかったから、確かめたくてさ。で、御手洗と賭けたってわけだな、うん」  そう言ってその男子が侑芽のマスクに手をかけると、侑芽はその日食べて胃の中に残っていた物を全てぶちまけた。
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