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時、満ちる
真人が画面の向こうで起こった事件のことを話そうが話すまいが、翌日の夕方には日本中にその衝撃が走り、さらにその翌日には世界中に飛び火し、その二日後には口を割く女がネットミーム化した。
インスタグラムでは顔が裂けるエフェクトが流行り、BGMにはニュース映像で流れた女の悲鳴が使われた。
「こんにちは。葉蒲署の者ですが、真人さんはご在宅でしょうか?」
「石川」という木製の表札の下。音声だけが通じる年代物の黒いインターホン。そのマイクに向かって話す男は、人生のつまらなさを身体全体で表現しているかのようだ。
「真人が何か?」
インターホンのマイクから口を離し、男は舌打ちをした。なぜ質問に答えず、また質問で返すのか。毎度の反応に思わず出た舌打ちだったが、生憎その舌打ちはインターホンに出た真人の母親の耳にも届いていた。
「まだアルバイトから帰りませんよ。十時過ぎると思いますけどね。あなた、本当に警察の方?」
僅かに怒気を孕んだ言葉に、男は盛大に溜息を吐いた。
「では、玄関先で構いませんので、簡単にお話させて貰いましょうか。そうすれば身分証も」
怠そうに話す男の言葉が終わる前に、玄関の扉が開いた。
「お姉様、いや、お母様?」
「変なお世辞は不要です」
「参ったな。いや、本当に。ああ、私はこういう者で」
「『こういう者』なんて本当に言うんですね。で、私は真人の母親ですが、あの子が何か? 何にせよ、何かの間違いかと思いますけど」
「申し訳ない。ちゃんと名乗らせてもらいます。葉蒲署の捜査一課、折尾三次と申します」
折尾は折尾なりに姿勢を正して頭を下げた。それに対して真人の母親は何も反応しない。ただじっと自身の質問に答えられるのを待っている。折尾もそれを感じて話の本題を進めた。
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