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ひととせ(玲於×千景)
玲於の母親涼音が亡くなってから丁度丸一年、一周忌のこの日を迎えるに辺り声を掛けられた千景は故人の長男である玲於伴い現れた。
千景が玲於を引き取ってからも間もなく一年が経過する事もあり、当時は自宅から出る事すらも出来なかった玲於は初めて母親の法要に顔を出した。この日も喪主は涼音の兄である寛壱が務めたが、玲於が八年前から不登校になり引き籠もり状態であった事は親戚中の誰もが知っており、その玲於が顔を出した事もあって叔父叔母類はこぞって玲於を歓迎した。
「母さん」
「千景」
千景も一年振りに姿を見た母の牧子へと声を掛け、玲於に何かあればすぐに駆け付けられる距離を保ったままポケットから煙草を取り出す。
「あちら玲於くん? 随分大きくなったのねえ」
「百八十センチは超えてるらしいよ」
「あら、じゃあ千景とどっちが大きいのかしら?」
「俺は百八十無いからレオの方が大きい」
「あらまあ」
一年会っていないとはいっても鏡を覗く度毎日母と同じ自分の顔が目に入る。化粧気があるだけ全くの別人である事は比較的分かり易いが、やはり一年前会った時より更に老け込んでいるように見えた。
「千景、良い人でも居るの?」
一年前には確かに無かった、千景の左手薬指に輝くシルバーリングへ牧子は視線を落とす。その指輪はつい先月玲於が二十歳の誕生日を迎えた時に玲於から千景へと贈られたものだった。
「……ねえ母さん、言っておかないといけない事があるんだけど」
「あら……何かしら」
二十一歳で単身神戸に移り住み、会話という会話も碌に出来なかった息子の言葉に牧子は嬉しそうな微笑みを浮かべる。
「ちか兄っ」
「あ、逃げてきた」
親戚陣の質問攻めから逃げ出してきた玲於は助けを求めるように千景の腕へと絡み付く。視線を向ければ千景の隣に千景と全く同じ顔の女性がおり、玲於はぽかんと口を開ける。
「ちか兄とおんなじ顔……」
「レオ、俺の母親の牧子伯母さんだよ」
「ちか兄の、お母さん……」
「久し振りね玲於くん。覚えてないかしら」
大きな犬のように千景へと纏わり付く姿を微笑ましく眺める牧子の姿を見た千景は手に持っていた煙草の一本を口に咥える。
「母さん俺さ、レオと養子縁組しようと思う」
「あら……どうして?」
「レオと付き合ってる。籍一緒にしたくて」
「まあ……」
「ちか兄っ!? 言っちゃって良かったの!?」
自分が世間から弾き出された玲於はそれを公に言って良いものであると思っておらず、反対されたらどうすれば良いのだろうとおろおろして千景と牧子の顔を交互に見遣る。
一口吸った紫煙を唇の隙間から細く吐き出しながら、千景は腕に絡んでいた玲於の手を取り指を絡ませる。
「そうねえ、玲於くんは昔から千景に懐いていたし」
「涼音叔母さんの一周忌でレオも喪が明けるし、次の休みにでも役所行こうと思ってる」
養子縁組についての相談はリングを受け取った日から竜之介にしており、玲於がもう未成年では無い事から比較的手続きは容易に済む予定だった。
「ちか兄、よーしえんぐみって?」
「うん? 結婚しようって言っただろ。だからするんだよ」
「ちか兄僕と結婚してくれるの!?」
「……レオ、声でけぇ」
元から何を言っても驚かないと確信していた母親と違い、まだそういった事に偏見も多い一部の親戚の耳に入れば面倒な事になると眉を寄せる千景ではあったが、幸い玲於の声に注目する者はおらず千景はホッと胸を撫で下ろす。
「あらまあ、千景は可愛いお嫁さんを貰ったわね」
「ううん、どっちかっていうとちか兄がお嫁さん」
「レオ」
「あら…………千景?」
長い貯めの後牧子は千景へと視線を送る。十年前のあの晩の出来事がその後の千景の人生を狂わせたとしたならば、一切の非が無いとも言えない牧子は表情を曇らせる。
「俺が自分で決めた事だよ。後悔はしてない」
「貴方がそうしたいと思ったのならば。……玲於くん」
「は、はいっ」
「千景の事をお願いね」
そう言って牧子は柔らかく微笑んだ。
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