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だからこそ彼女が妊娠したと聞いた時、正気を保てなかった。
私には永遠に手に入れられない物を彼女は持っていたからだった。
私だけが彼女の側に居た。全てを捨てて現実から逃げた彼女の側に。私だけが彼女の事を理解する事が出来た。
彼女の音はとても哀しくて、激しくて、不協和音だけがいつも鳴り響いていた。そんな彼女の中に宿った新しい命。
私には彼女に与える事の出来ない新しい命。結局彼女も『女』だったという事。結局彼女も私では無く『男』を選んでしまったというだけの事。
これは復讐なのだと彼女は言った。彼女の腹に居る子は彼女とあの男の復讐であるのだと。
彼女は実の母親に殺されかけて、あの男も産まれてすぐに実の母親に殺されかけた。産まれてきてはいけない存在だったから。
産まれてきてはいけない命と、命を紡ぐ事の出来ない存在。
だから彼女とあの男の子はこの世界に復讐する為に産まれてくる。全てを壊す為に。この世界の全てを変える為に。
二人で逃げた。男はそれ以降一切連絡をしてこなかったから、私と彼女だけでどこまでも逃げた。彼女の復讐を手伝う為に。この世の全てを壊す為に。
二人だけで逃げ延びた山奥、息を潜めて彼女の子供が無事に産まれるまで身を隠した。
とても小さな鈴の音が彼女の中から聞こえた。それはきっとこれから産まれてくる小さな小さな命の音で、産まれてくる子は彼女と――彼女を愛した私の子供。
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