希望という呪い(満×奏)

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希望という呪い(満×奏)

「綺麗な色だな、なあにそれ」  満は元々将来を嘱望された有能な研究者だった。逃亡生活を続ける今もどこからか材料を調達してきては趣味の調合をしたりしている。満が手に持つ試験管の中には海のように綺麗な青色をした液体があった。  奏に声を掛けられた満は試験管の内容物を少し振って揺らすと、いかにもつまらなさそうに溜息を吐き奏を振り返りもせずに言う。 「コレ? 奏にとっては呪いの劇薬」 「ふっ、何だよそれ」  人によって効果が異なる薬品など今まで聞いたことが無かった。振り返らないままの満の背後からこめかみにそっと口付けた奏は、残りの作業を片付けてしまおうとそのまま満の背後を通り過ぎようとした。 「作った相手のことを心から本気で愛していないと即死する劇薬。――だから、奏は飲むなよ?」  そんなことは日常茶飯事のただの挑発だった。 「じゃあ俺にとっては劇薬でも何でも無いな」  少しでも怯めば途端に満は愛情を疑う。体よく追い出せる理由を見つけ出そうとしているのもいつものことだった。だから、こんな挑発をされてしまえば、奏に許される答えはひとつしかなかった。 「じゃあくれよ。飲んでやるから」  通り過ぎようとした満の前に周り込み、片手を差し出す。 「奏死ぬよ?」 「死なねぇよ?」  満はじっと奏を見つめ、その表情に少しでも怯えや嘘偽りがないか、じっくりと観察してから渋々と試験管を手渡す。  これを飲み干す程度で満が愛情を信じるのならば、安いものだった。細い試験管を受け取り口元に当ててから中身を傾ける。 「あ、そうそう」  今正に青色の内容物が口の中に流れ込もうとしたその瞬間、思い出したように満が言う。 「亜貴、離婚したんだってね」 「ッ!」  ここでそんな揺さぶりを満が掛けてくるとは思わなかった奏は、聞こえた言葉に心臓が大きく高鳴るのを感じながら試験管の中身を流し込む。喉仏を大きく上下させて飲み干すと、口の中には何も残っていないことを満へ示すように口を開けて舌を出して見せる。 「――ああ、何だっけ亜貴? へえ、離婚したんだ。だから?」  高鳴る心臓の鼓動を満に悟られないように、平静を装って満へ空になった試験管を返す。さもつまらないものを見るかのように頬杖をついて奏を見ていた満だったが、試験管を渡されれば受け取る為に手を伸ばす。 「身体に異変は?」 「別に? 何もな――」  言い掛けた奏の手から唐突に試験管が抜け落ちる。焼けるような喉の痛み、込み上がる空の嘔吐感、一瞬世界が白黒に見えた感じもあった。  危険を感じ、すぐさまトイレへ駆け込もうと考える奏だったが、試験管を返そうとしたその手は満の手によって机に固く縫い止められていた。 「みつ――」 「身体に異変は?」  咄嗟にもう片方の手で口元を覆って満から顔を背ける。呼吸が上手く出来ていない気がする。視界がぐるぐると回って立っていることも難しい。 「身体に異変は?」  三度目に満から同じ言葉を問われた時、奏は掴まれた片手だけを残してその場に崩れ落ちていた。
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