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Ⅺ
「おはよう正義」
「おっ、おはようございます!」
翌朝、リビングで睡眠を取っていた正義はいつもと変わらない総次の声で目を覚ました。
「あの、総次さん昨日は……」
途中まで言葉が出かけた正義だったが、背後から透に口を抑えられ、それを制止される。
「余計な事言わないの」
「はい……」
二人の行動を見ると不思議そうに首を傾げる総次だったが、特に長く気に留める様子も無く透が勧めるソファに腰を下ろした。
「総次、珈琲飲む?」
「はい、ありがとうございます」
「透、俺も珈琲」
「テメーは自分で淹れろ」
総次の後から進がリビングに入った瞬間、透との間に火花が飛び散ったのを正義は見逃してはいなかった。昨夜透に聞いた話では、進がいると総次が落ち着くという事だったので、二人が一緒に寝るのは透も了承済みのものだと思っていたが、今の透の変わり様には正義は疑問を抱かざるを得なかった。
「今日は事務所休みにしちゃおうか? どうせ仕事だってそんなに無いだろうし」
「所長がそんな事言っていいんですか?」
透から手渡された珈琲カップを受け取り口を付けながら、総次は透の軽口に笑みを浮かべる。
確かに、所長二人と社員一人、アルバイト一人の関係者四人が今透のマンションに集まっている。仮に臨時休業を今この場で決めたとしても、関係者への連絡が不要であるという利点はある。
「総次、俺の膝の上おいで?」
「嫌です」
話の流れで、総次を自らの膝の上に誘導しようと思っていた透だったがあっさりそれを総次に拒絶される。しかし昨日からのストレスもある透はここで引こうとはしなかった。
「じゃあ俺から行くよ」
「うわっ、珈琲危ないっ!」
何を思ったのか、透は突然総次に覆い被さる。手に持っていた珈琲を零しては危ないと、慌ててテーブルに置く総次だったが、カップの安全を図れた時には既に透によってソファの上に押し倒されていた。
「……正義が空気になってるぞ」
言われた通りに自分で淹れた珈琲を口に運びながら、ついでと正義にも珈琲カップを手渡した進は二人を特に止める事も無く、気を紛らわせる為にテレビの電源を入れる。
「あの、進さん。 本当に今日事務所休みにするんすか?」
「……さあな。 透の気分次第だから」
「それよりこの人何とかして欲しいんだけど……」
総次の助けを求める声に正義が声を向けると、透が総次の首筋に舌を這わせながら片手はズボンの中へと忍ばせていた。思わず珈琲を吹き出しそうになる正義だったが、テレビから聞こえてきた音声にその場の空気は一瞬にして変わる。
『――遺体で発見されたのは、志村祐一郎さん三十一歳……』
「……う、そ」
志村祐一郎が死亡した。あの後、あの場所で。
発見されたのは深夜〇時。巡回の警官が公園で首を吊った状態の祐一郎を発見したのだという。誰しもが総次の件が原因ではないかと一時は思ったが、首吊りであるという事からその疑惑は絶たれた。
またしても正義は何も出来なかった。祐一郎の死亡を知った事で再び総次が錯乱するのではないかと危ぶまれたが、総次はその瞬間に意識を失った。その後は進が総次を車で病院に連れていったり、透がどこかに連絡を取るなど忙しなくなり、図らずも事務所はその日定休日という事になったのだった。
何一つ役に立つことが出来ない正義だったが、一人で自宅に帰る気にもなれず、透の家で行方を見守っていた。
何も出来ない間、ニュースで事件の経緯を眺めていたが、総次に関連する情報は出てきてはいなかった。
(あれ?何かおかしい……)
正義は報道と実際の出来事に差異がある事を感じた。
(何だっけ……)
「透」
総次を車で病院に連れていった進が一人で戻ってきたのは夕方の四時頃だった。
「進、総次は……」
寝室に閉じこもっていた透が進の帰宅に部屋から出てくると、進は透に紙切れのようなものを渡す。
「念の為に暫く入院する事になった。 幸い、総次の知り合いの医者が居たみたいでな」
進が透に手渡したのは病院の地図を書いたメモらしい。もう面会時間は終わっているので、明日一番にお見舞いに行く事で話が付いた。
「正義、今日も泊まってくでしょ?」
「……っあー!」
透に声を掛けられた瞬間、正義は引っかかっていた何かを思い出し思わず大声を出してしまった。
その様子に透も進も驚きを隠せない様子だった。
「な、何?どうかしたの?」
「メールですよメール!」
「メール?」
「総次さんに来たメール!此処に着いてからなんでメールは二時頃だったはずです!」
「それがどうし……あっ」
「……祐一郎が発見されたのは〇時だったな」
「なら、誰があのメールを送ったんだよ……?」
総次に送られたリストカットの写真が添付された遺書メール。祐一郎が発見されたのが○時で総次にメールが送られたのが二時である事から、メールを総次に送ったのは祐一郎ではないと考えられる。
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