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ⅩⅧ
「あやまらないで……」
総次が次に目を覚ました時、見知らぬ病院のベッドの上だった。傍らにはベッドにしがみついたまま眠っている正義の姿があった。
あれから何日経ったのか分からない。ただあの頃と同じ真っ暗な沼の中に居て、ただ一点の光だけを見つめていたのは覚えている。進もうとすればそれだけ足に沼が絡み付き光に手が届かない。そんな時、泥塗れになりながらも無理矢理手を掴んで引き上げてくれたのが貴斗だった。
貴斗自身も恐らくずっと悩んでいた。貴斗が手を出さなければ総次は真人とプラトニックな関係を続けられた――そして普通に女性と結婚をして、普通の家庭を築いていたかもしれない。そんな総次のいつか迎えたであろう『普通の幸せ』を壊してでも、総次を手に入れたかった。そして手に入れてから後悔をした。
総次は純粋に真っ直ぐ心から人を愛せる人間だ。真人も総次のそんなところに惹かれたのかもしれない。この先、何人そんな相手が現れるのだろうか。そんな時、手を離してやれるだろうか。試すように何度も総次から別れを持ち出される度、心が張り裂けそうになった。始めのうちこそ愛情の確認だと分かっていたものの、何度も、何度も繰り返されるそれに心が追い付かなくなった。まるで毎日責められているようだった。総次から『普通』を奪った『俺』に――
「……ん、総次……さん?」
「ああ、起こしちゃった?」
気配に正義が顔を上げると窓の外の月明かりを背に負った総次の姿があった。
「綺麗です……」
咄嗟に口から出てしまった。あれ程うっかりには注意しようと心に命じていたにも関わらず、月を負った総次があまりにも妖艶で、綺麗で。しかも寝起きのため、思わず感想が口から漏れてしまった。
「魔法使いの世界に、ようこそ?」
「なんで知って――」
あの時、正義が魔法を使って施錠を壊した時既に総次の意識はそこにまで及んでいなかったはずだ。あれから丸三日、一度も目を覚ましていなかったのに一体いつ誰からその事を聞いたというのだろうか。
「貴斗が教えてくれた……夢の中で」
「貴斗さんに、会えたんですね……」
胸が苦しくなった。総次の中には今でも貴斗が居る。薄く笑みを浮かべる様子にこれ以上無いまでの悲しみが込みあがってきた。総次は今もまだ貴斗を忘れられていない。しかし、忘れることが本当に正解なのだろうか。そこに確かにあった貴斗との幸せな思い出。人は幸せだった事を思い出として残し、辛かった事は記憶として残すらしい。それならば総次にとっては唯一と言えるのではないだろうか、貴斗と思い出を消し去る事は是ではない。
しかし、正義は無意識に総次の手を掴んでいた。
「……なに?」
「ヤらせてください」
「は?」
「貴斗さんのことを忘れろとは言いません。一生俺も総次さんと一緒に背負っていきます。ヤらせてください。っていうか付き合ってください!」
「いやいやいやいや!」
付き合うことが目的なのか、ヤることが目的なのか良く分からない正義の告白に総次は唖然となった。
「ヤったらどっちかの魔法無くなるよ?」
「勿論俺が童貞と魔法を捨てます!」
「あ、そーなんだあ……」
掴まれたままの手には次第に汗が滲んできてしっとりととても気持ちが悪い。手を抜こうとしてもしっかりと強い力で掴んだ正義の手は離れることがなく、それが余計に気持ちが悪い。
――もし今ここで正義の手を取ったなら、自分を許すことが出来るだろうか。
――貴斗の死の原因を作った自分を許しても良いのだろうか。
――俺は……
――幸せになる価値のある人間なんだろうか
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