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ⅩⅩ
「だから正義、お前とは付き合えない」
「……」
予想はしていたが、直接その言葉を告げられた正義は言葉を失う。
予定より大分早い自主退院。総次は進に付き添われ事務所に戻ってきた。またいつ傷が開くか分からない為暫くは自宅療養の期間も兼ねている。総次の病院嫌いは昔からで、貴斗が自死をした直後の入院を思い出してしまうからだそうだ。
「だから抱きたいなら他を当たれ。抱かれたいなら適当な相手を手配してやる」
「ちょ、ちょ……総ちゃん退院したばっかなのに強烈だなぁ」
言われた正義は真っ白になり、その後の言葉は届いていないようだった。
「ご心配無く。傷はもう塞がっているので」
「……心の傷は?」
「ッ!」
進の冷静な口調での問い掛けに感情を露わにして振り返る総次。
「俺だっていつまでも子供じゃない」
学生時代の総次を知っている二人からしたら、総次はいつまでも可愛い後輩のようなもの。肉体関係はあるものの保護者のような感覚だ。
総次の傷が癒えるまではまだ時間がかかりそうだ。もしかしたら一生癒えることはないのかもしれない。
「それでも俺は、待ってます」
「え、しつこい」
いつの間にか虚無の世界から帰還した正義がミルクを飲む猫のわんこを撫でながら笑みを浮かべていた。
「俺は待ちます。総次さんが俺を選んでくれる日まで」
「……たった数ヶ月で俺の何を分かったつもりでいるんだか」
「あ、じゃあ俺も俺も。総ちゃんを思い続けてた日々なら誰にもかかわらず負けないしっ!」
「……なら俺も」
総次の本音とも取れる小さな声は誰にも聞こえていなかったらしい。正義のみならず透と進にすら恋人に立候補された総次は表情を崩さぬことでその場を乗り切ることにした。
「……ミャア」
鶴の一声ならぬ猫の一声。いつの間にか正義の手を抜け出たわんこが総次の足元にすり寄っていた。総次はゆっくりと屈み込むと抱き上げると両手にすっぽりと収まりきってしまうほど小さなわんこを抱き上げる。
「そういえば、お前も雄だっけ」
「総次」
「え」
突然聞こえた第三者の声。振り返ってみても客は来ていない。四人は互いに顔を見合わせるが、総次はその違和感にいち早く気付いた。
「うそ……」
「まさか」
自分でもまさかと信じがたい様子ではあったが、総次は何か言いたそうに視線を向けている足元のわんこへ屈み込んだ。
「その説はどうも」
言葉と同時にわんこの口が動く。不思議と猫特有の鳴き声は聞こえない。そう、この人語はわんこが話していたのだった。
「猫又……?」
「まあ、そんなものと考えて頂いて構いません」
不思議と総次は驚いているようには見えない。唖然としながら二人のやり取りを見つめる三人。
「さて総次」
「あ、はい」
見た目はどう考えてもただの子猫だ。黒猫でもない。しかし流暢に人後を話すその様は異様としか思えなかった。
「トラックに轢かれそうだったところを、あなたとそちらの……正義に助けられ、感謝しています」
不意に話題を振られた正義は言葉につまるばかりだった。わんこはそんな姿を一瞥すると総次に向き直り前脚で顔を洗う。
「私からのお礼として一つだけ、あなたに贈り物をします」
尋ねることもせず、贈り物をすることははわんこにとっての決定事項らしい。
「一度だけ、あなたがやり直したいと思うところまで時間を戻してあげましょう。
――選びなさい。あなたがやり直したいと思うその瞬間を」
完
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