第四章

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 玲於は小学校六年生の時に虐めを理由にし登校をやめた。中学にも籍はあったようだが一度も登校する事は無かった。虐めの原因に関しては玲於らしいものだった。大きくなったら十歳年上の従兄と結婚したいと作文でクラス中に発表したのだ。心が発達していない子供たちはそう簡単にゲイを受け入れない。異質な存在として玲於は小学校という社会から弾き出されたのだ。  それが蓋を開けてみればどうだろうか。 「それがもうほんっとーに可愛くってさあ」 『……もしもし、ちかちゃん?』 「布団入ってきてもぺたぺた触るだけで首に当たる鼻息が荒いのが可愛くって」 『ち、千景くん? 千景さん? ちっかちゃーん?』 「総じてレオが可愛いよ」 『そりゃ何より』  十年間ぶれずに千景を想い続けた玲於の本懐は見事に遂げられていたのだった。千景が玲於を実の弟の様に可愛がっていたのは誰から見ても一目瞭然だった。以前の千景は今のように相手の迷惑も考えず、自分の好きを全面に押し出すような人間だっただろうか。元々暗い人間ではなかったが、実兄に抑え付けられていた千景は不自由な少年時代を過ごしていた。  今のように千景が楽しそうに話すのを聞くのは初めてかもしれない。千景のそれを引き出したのは他でもない玲於の存在そのものだろう。  玲於だけではなく千景の幸せをも竜之介が願っていた事に千景は気付いているだろうか。 『俺はさ、ちかが同居を断ったらレオには諦めさせるつもりだったんだぜ?』 「何を」 『えっ、だからさあ、……レオは昔っからちかの事が大好きだったんだって』  幾ら千景が玲於を大好きだったとしてもそれは過去の話。大きな出来事が千景の人生を狂わせた。――地方に逃げ出さなければならない程に。  その事件を弟の虎太郎は知らない。親戚中は騒然としたものだった。既に成人を迎えていた竜之介だけに真実は伝えられた。  今の千景があの頃と同じ想いを玲於に持ち続けているとは限らなかった。今の千景が玲於を邪険に思うのならば玲於には諦めさせる事も親心だと竜之介は心を決めていた。 「うん、それはレオから聞いたけど」 『え、聞いたの?』  状況は竜之介が想像しているより早く展開していた。もう少し慎重に物事を運ぶだろうと考えていた竜之介の思惑は見事に外れていたのだった。千景は玲於からの好意を知った上で同居を受け入れ続けている。 『上手くやってるようなら何よりだよ。金銭的なサポートなら出来るから困ったらいつでも言ってな』 「あーうん、ありがとう」  時刻は間もなく昼休憩の終了を告げる。次に二人に会えるのはどの位後の事となるか。千景同様竜之介も安易に仕事を抜けられる立場に無かった。本家の跡継として葬儀や同居の手続きまでは手を回したものの頻繁に様子を伺える程の余暇は無い。何より既婚者である竜之介は従兄弟同様自らの家庭も大事にしたい男だった。子供の頃とは違う、皆お互いに大切なものは違うのだ。 『ちか、』 「うん?」 『油断してるとまじで食われるからな』 「は……?」  兄としての忠告だった。千景はまだ玲於の想いを軽くみているきらいがある。
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