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第六章
半ば強引に千景へ気持ちを押し付けた翌日――――千景は零時を回っても帰宅しなかった。
翌朝は何事もなく起床し、話す時間は少なかったがおはようのキスも行ってきますのキスもあった。ただ一つだけ気掛かりがあるとすれば、行ってきますのキスの際千景が舌を出しかけて慌てて引っ込めた事だった。
千景に「仕事の付き合い」がある事は玲於も理解していた。忙しくなれば帰宅時間が遅くなる事も。それでも一緒に暮らし始めてから零時を過ぎて千景が帰ってこない事などただの一度も無かった。
「ちか兄、何で……」
「嫌われたかもしれない」玲於の頭の中をその言葉が支配した。もしかしたら本当は嫌だったのかもしれないのに言い出せなかっただけなのかもしれない。このまま二度と千景が帰ってこなければ自分はどうすれば良いのか。玲於に与えられた携帯電話には千景の番号もメモリに登録されていた。何度もその画面を開くも発信のボタンだけが押せない。電話を掛けたら迷惑にならないだろうか。電話を掛ける事で機嫌を損ねたりしないだろうか。電話を掛ける事でもしかしたらすぐに帰ってきてくれるかもしれないが、本当は帰りたくないのに無理に帰ってくるのではないだろうか。
その時画面が唐突に点灯した。もしかして千景からの電話かもしれないと玲於は両手で携帯電話を掴むが表示された発信者名は千景ではなかった。
『おうレオ明日の』
「とら兄!!」
『うおっ! 何だよ、何かあったのか?』
本業の目処がようやく付き、明日の休日を利用して千景の家へ玲於の髪を切りに来る予定の虎太郎からの着信だった。千景へは予めメッセージは送ってあったが、念の為玲於にも連絡をしておこうと深夜ではあったが発信をしたのだった。兄の竜之介から聞いた話では二人の同居は上手くいっているようだと思っていた。開口一番の玲於の口振りに虎太郎は身構えた。
「ちか兄が帰ってこない!!」
『あン? お前今何つった?』
強烈な肩透かしを食らった気分だった。時計に目を向ければ確かに帰宅が遅いというだけでは納得出来ない時刻ではある。しかしシステムエンジニアという職業柄帰宅が出来ない事があっても不思議ではないだろうと虎太郎は職業に偏見を持っていた。
「ちか兄が! いつもの時間過ぎてるのに帰って来ないの!!」
『じゃあ飲み会か何かだろ』
「だけど!!」
気になったのは玲於のこの取り乱しようだ。玲於の母親は夜の仕事をしていたので、この時間でも帰宅しなかっただろう。それでも帰ってこないという事は無かった。玲於は今までそんな事で取り乱したりする事も無かったと竜之介から聞いている。何故今になって千景の帰宅時間一つでここまで大騒ぎをしているのか。
考えられる可能性があるとすれば、千景が玲於の好意を知って敢えて避けている場合だ。
『そういえば兄ちゃんがちかにレオが昔からちか兄の事好きだったってバラしたとか言ってたな……もしかしてそれか?』
「ちか兄の事好きなのはもうちか兄も知ってる!!」
『あ、そう……』
玲於の言葉が本当ならば、それが原因で帰宅が遅いという事は無いのだろう。やはり仕事か付き合いが原因と考える事が打倒なところであるが、玲於の余裕の無さには引っ掛かる所があった。千景が思い余って玲於を襲ったとして、その後悔で顔が合わせ辛いと考えている可能性ならば無いとは言えない。虎太郎が知る限り千景は玲於に対してそこまでの感情を持っているようには見えなかった。
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