18人が本棚に入れています
本棚に追加
夕陽が落ち掛ける時刻になり虎太郎は千景の家を後にする事にした。
「じゃーちくちくしたり気になるところがあったら言ってよ、また来るからさ」
「んーありがとうなー」
「とら兄またねー」
大義名分は玲於の散髪だったが、その他に二人の暮らし振りを確認するという裏の仕事もあった。裏といっても千景はその意味に気付いていた。表面上は仲良くしていたとしても漂う空気というのものは隠しようがない。今日は相当芳香剤スプレーで誤魔化されていたが、そういう意味でいうのならば問題は無いとも言えるのだろう。二人の一挙手一投足を取っても不審に感じる点は一つも無かった。
ただ今の状況だけで判断をする事は難しい。二人は一線を越えてしまったばかりなのだから。今は蜜月に近いものがあったとしても何かのバランスでそれが崩れる可能性は否定出来ない。その辺りを確認するようにと仕事で手を離せない兄の竜之介からは釘を刺されていた。
美容師の為手に臭いが残る煙草は吸わないが、恋人の影響で最近電子タバコは吸うようになった。電源を入れて加熱を待つ間出たばかりの扉に背を預ける。
「ね、ちか兄……」
「れおっ……んぐ、……はぁ、まだ、とらが……」
「やだ、もう待てない……」
虎太郎が家を出てすぐに一枚隔てた扉の向こうから聞こえてきた声。千景の言う通り足跡が立ち去るまではもう少し待って欲しいものだった。お邪魔虫はこちらの方だと虎太郎は加熱が終わった電子タバコのスティック部を咥えて音を立てずにゆっくりと歩き始めた。
最初のコメントを投稿しよう!