序章

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「はいっ、じゃあ献杯!」 「献ぱーい」 「ぱーい」  元から派手な会食にするつもりもなく、子供同士積もる話があるからと千景と虎太郎、そして虎太郎の兄である竜之介は親族の輪を抜け駅周辺の飲み屋に来ていた。従妹連中はそちらだけで好きなようにやるようだった。仲良くしていたのは子供の頃だけ、ある程度の年齢を重ねればお互いの事情も相成りこうして一緒に飲む機会も減るものなのだろう。  ネクタイを寛げビールジョッキを煽れば必然と誰が一番早く飲み干せるかの勝負となる。重い音を立ててジョッキをテーブルに置いたのは虎太郎だった。 「俺いっちばーん!」 「あ、すいません、生ジョッキでもう一杯」 「えぇっ、わんこビールしろっての!?」  半分程度のビールを残し千景は虎太郎の為に追いビールを頼む。サービス精神旺盛な虎太郎ならばこの無茶振りですら何なくこなすだろうと予想しながら、千景は背広の内ポケットから煙草とライターを取り出してテーブルの上に置く。 「ちか、ライター貸して」 「はいよ」  ぐしゃぐしゃになったソフトケースだけは見つかったものの、喪服にライターを入れ忘れてきた事を確認した竜之介は、未着火の煙草を口に咥えたまま千景に向かって手をのばす。結局葬儀が終わるまでは一本も吸うことが出来ず、何時間振りの喫煙だった。ぶすぶすと煙草の先端が揺れる炎に燻されていく音もこの賑やかな居酒屋の中では聞こえない。千景にとってライターは低価格のもので十分だった。 「ちか、ますます牧子伯母さんに似てきたよな。何年振りだっけ?」  ふぅっと長い紫煙を吐き出し竜之介がテーブルに片肘をつく。 「嬉しくねえってのー、とらにも言ったけどたーぶん八年くらいじゃね?」  久々に会う人間から「何年振りか」と聞かれる事は千景の想定内だった。それと同時に「母親に似ている」の言葉も千景にとっては聞き飽きた台詞だ。年々似てくる母親の顔。女顔だと昔から言われているようで余り良い気分にはなれなかった。 「あ、すいませーん、生ジョッキもう一杯!」 「まだ飲むんかい」  座敷で行儀悪くも片膝を立てる千景は、早くも三杯目のビールを頼む虎太郎の姿に失笑を浮かべる。 「飲み放なんだから、ちかも飲んでおかないと損だぜ? 何食う?」 「ま、おいおいね。鶏皮のポン酢のやつある? さっぱりしたのがいい」  竜之介は寛壱の長男で、父親の後は本家の跡取りとなる事が決まっている。その為今日も喪主である父の側でせせこましく動き回っていた。時期当主としての責任感は昔から充分といって良いほど兼ね備えていて、千景ら従兄弟が集まると必然と皆を纏める良きお兄さんとなる事が多かった。 「今も向こうに居るんだっけ? 大阪? とら、鶏皮ポン酢のやつ頼んで」 「ざーんねん、神戸。でも二年前にこっち戻ってきて今こっちで働いてるぜ?」 「まじで!? 戻ってきたら言えよなーもう! あ、フライドポテト! ポテト一つお願いしまーす!」 「だから鶏皮の頼めって」  千景と虎太郎は揃って次男という系譜柄幼い頃からウマが合った。年齢も二歳違いでそう変わらない。祖父母が亡くなる前は千景も良く母親に連れられ本家に顔を出し竜之介や虎太郎、そして玲於と遊んでいた。 「そういや今日御影来てなか」  ガンッと竜之介が言い終わる前に千景は空になったジョッキをテーブルに叩き付けた。その音は騒がしい居酒屋が一瞬静寂に包まれるほどで、すぐに喧騒を取り戻すも竜之介と千景の間には張り詰めた空気が漂った。恐らく竜之介に悪気は無い。無神経な訳でもない。ニュートラルな立ち位置でただ事実を告げただけなのだ。  長く残った灰を灰皿に叩き落とす。吸い込んだ煙を地を這うように低く吐き出す。煙か前髪が目にでも入ったのだろうか、千景の瞳は僅かに揺れていた。 「――アイツは来ねぇよ? だって母さん連絡してないって言ってたし。とらとら、俺のビール頼んで」 「お、おう、すいません! ビールもう一杯」 「あ、とら俺も」 「すいませーん! やっぱビールもう二杯で!!」 「なあ鶏皮の頼んだ?」  竜之介三十一歳、千景二十九歳、虎太郎二十七歳。千景と虎太郎が末っ子同盟を組んでいても、年功序列で考えれば一番歳下にあたる虎太郎が飲み屋では注文係に徹するのは当然だった。サービス業に従事している虎太郎にとっては苦でも何でもなく、気心の知れた親戚同士というのが楽でもあった。  年齢が近いこともありお互いの間に序列は無い。当然跡継と傍系に対する差別も無い。十歳近く歳の離れた最年少の従弟玲於は「皆の弟」といった形で可愛がられていた。
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