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四條の奢りという事もあり嬉々として着いてきた詩緒は小洒落た寿司屋で昼食をご馳走になっていた。
「いただきます」
「おあがり」
四條ファンクラブの一員として、本来抜け駆けは禁止となっていたが四條本人からの誘いという事もあり、真香と斎の二人に気兼ねする事なく詩緒は四條と二人きりでのランチに胸踊らせていた。
詩緒ら分室既存メンバーにとって四條の存在はアイドルにも親しい存在であり、容姿は元より無駄の無い思考や行動は詩緒も尊敬していた。箸の運び方一つをとっても神々しいと拝み倒したくなる気持ちを抑え、詩緒は長過ぎる前髪を避けて握り寿司を口へと運ぶ。
「榊、綜真は居らんほうがええか?」
核心をつく言葉に詩緒の箸から寿司がぼろりと零れ落ちる。それを聞く為にランチに誘ったのかと落胆する詩緒だったが、四條からの質問の答えを導き出す為に思考を走らせる。
自分にとって綜真という存在が必要か否か、即答出来るものではなかった。どちらの選択肢だけで考えた場合、『不要』と即決出来る程憎んでいる訳では無い。
「……別にそ、御嵩、さん、が居ても俺の仕事に支障は無いです」
綜真と言い掛けたな、と気付いた点を四條は呑み込んだ。
「それならええねん。もし榊が綜真を要らへん言うならアイツの事神戸に戻さんとあかんかったからね」
そんな面倒そうな手続きが必要になる判断を自分に委ねないで欲しいと心の中で思った詩緒だったが、同時に滅多な発言をしなくて良かったと安堵もした。
緑茶の蒸気で曇った眼鏡を外し眼鏡拭きで拭きながら四條は詩緒の表情の機微を注視する。
「……もう一個、聞きたいんやけど」
「…………何でしょうか」
このタイミングで聞かれるという事は碌な話題ではないと詩緒は検討を付けた。
「赤松と寝たか?」
四條の質問は詩緒の予想通り、本棟ならばセクハラやパワハラとされるこの発言も分室内では不問とされる。どう転んでも性的な内容が絡んできてしまう第五分室では、その部分に蓋をしてしまう事の方が後々何か問題が生じた場合後手に回ってしまう。
「はい、寝ました」
「……ほうか」
綜真の従兄である四條が綜真から何処迄を聞き及んでいるのか詩緒には想像が付かなかった。しかし、もし四條が本当の事を知っているとしたならば、このような外食の場ではなく、四條の部屋に呼び出されていてもおかしくはなかった。
今それを四條に話すべきか詩緒は悩んでいた。それを四條に伝える事で何が変わるのかは詩緒には分からなかった。真香や斎にも話した事の無い綜真との過去と事実。墓に入るまで一生隠し続けられればそれで良かった。
「……榊、もっと楽にしいや」
気が付くと、詩緒の手からは箸が落ち呼吸が上がっていた。咄嗟に手元に置いてあったグラスの水を取り喉の奥へと押し流す。冷たい水が食道を流れていく感触に冷静になれた気がした。
四條ならば話したところで決して色眼鏡で見るような事は無い。真実を知った上で適切な対応をしてくれるだろう、詩緒には四條に対する絶対的な信頼があった。
「……四條さん、聞いて欲しい話があります」
詩緒は四條に打ち明ける事を選んだ。
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