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誰もが寝静まった筈の深夜、成人組は勝手気ままに酒を嗜み誰もがイビキひとつ漏らさず熟睡していた中、大人たちが寝るのを待っていたかのように部屋の隅で重なるふたりの男女。気付いていた者も居たかもしれないが、誰もが見て見ぬ振りをしていた。
――ほら見てみろよイトナとモカ。あのままおっ始めんぞ。
――やめて、やだ……見たくない……。
何も知らずに寝ていなかったことを暁は後悔した。よりにもよって同じ部屋の中で絃成と萌歌の行為を目の当たりにしてしまった暁の心はこの日粉々に打ち砕かれた。
何故自分は萌歌のように可愛い女の子として生まれなかったのか。何故自分は萌歌のように、もっと積極的に絃成との距離を縮めようとしなかったのか。絃成の側に居られるだけで良いなどという綺麗事、本当は大嘘だった。本当は絃成の一番になりたかった――自信の持てる可愛くて小さな女の子として生まれていたならば。
「俺は……モカにはなれない……」
絃成に愛されている萌歌が羨ましかった。萌歌を妬む自分の汚い想いに気付いたからこそ暁はグループから距離を置かなければいけないと強く思った。
「そりゃそうだろ、だってアキ兄男だし」
女になりたいと願った事は無かったが、絃成に愛される為には男であってはいけないと考えていた。止め処なく溢れ出る涙が床に染みを広げていき、もうこれ以上絃成への想いを隠しきれないと悟った暁はうわ言のように呟く。
「……期待したくない」
「何の期待？」
「うるさい」
絃成に気持ちを知られる事と、想いを受け入れられる事は決してイコールでは無い。絃成はそういう人間で、ただ自分が絃成を好きだという事を口に出して認めさせるのがゴールであり、男相手であるならば尚更責任を取るなどという思考に絃成が至れる訳が無かった。
暁にとっては単純に言わされ損なだけであり、露骨に避けられたり軽蔑されないだけでも昔よりはずっとマシであるとして、今もまだ自分の上にのし掛かる絃成へちらりと目線を送る。認めさせてもう気は済んだだろうと無駄な抵抗もやめ、大人しく絃成が上から降りるのを待つ暁だったが、そんな暁の意に反して絃成は暁の腰を跨いだまま目元に浮かぶ涙へ指を滑らせる。
「でも今アキ兄の事抱きてぇって思ってんのはホント」
晴天の霹靂だった。何がどう廻れば絃成の口からそのような言葉が飛び出すのか、暁には理解が及ばなかった。少し掠れた絃成の声は切羽詰まっているようにも聞こえ、いつまでも暁が知る子供では無い事を知らしめていた。
「……絶対嘘だ」
隠れ場所を保持し続ける為ならばそんな嘘だって絃成は悪びれる事も無く口にするかも知れない。暁の知る限り絃成は紛れも無く異性愛者で、天地がひっくり返ろうとも男である自分相手に劣情を抱く筈が無かった。同類の人種であるかはそれとなく空気で感じ取れるものだった。スキンシップの延長線としか考えていない者と、本気で性交渉を望む者たちとは触れ方が全く異なっていた。
「嘘じゃねぇって。嘘だと思うなら触ってみろよ」
絃成は掴んだままだった暁の腕を引き、暁の腰を跨ぐその中心部へ強引に押し付ける。
「ッ！」
掌全体に伝わるそれは確かに男のソレであり、暁が二度目の帰宅をしてからの一連の流れの中で絃成が催す様な瞬間など何処にも無い筈だった。触れてすぐに分かったその場所を握る訳にも、擦る訳にもいかず、硬直したままだった暁のその手を絃成は両手で握り込み、視線を向けながら指先へそっと口付けた。
「――アキ、俺の事信じて」
その真っ直ぐな視線が、暁は昔から怖かった。
床に片手をつきゆっくり上体を起こすと、これ以上逃げようが無い事を知ってか絃成も暁の上から降りて正面に座り直す。ようやく体勢を立て直し壁に背中を預けた状態であっても、暁はまだどこか自信無さげに目線を下へと落とす。
「……俺、男だよ」
「知ってる」
絃成の温かい手が暁の頬に触れ、一度止まった筈の涙が再び暁の双眸を揺らす。もしかしたらこれは自分にとって都合の良い夢を見ているだけなのかもしれない。それでもこの絃成の手の温かさは確かに現実のものだった。
「モカみたいにおっぱい無いよ？」
ただの脂肪の塊であったとしても、あるのとないのでは触り心地に大きな違いがある。せめて鍛えて和人のような逞しい胸筋を手に入れていたならば、少しは見た目も違っていたのかもしれない。
真っ平な胸元を両手で包みながら、暁は自分が情けなく思えてきていた。
「そんなん見りゃ分かる」
暁に萌歌の様な胸があったらそれこそ大事件であると、絃成は素っ頓狂な言葉を口にする暁を見て笑う。どこかずれていて、思いも寄らない言葉を放つのは昔から変わっていなかった。
「モカみたいに、っ」
何ひとつ萌歌に勝てる要素が無い、暁が次の言葉を口にしようとした時、その唇は絃成の唇によって塞がれていた。
「――モカと比べたって意味無ぇだろ。俺が今可愛いと思ってんのはアキなの」
元々比較対象に萌歌の名前を出し、暁の心を抉ったのは自分であったのにも拘らず、それらを全て棚上げした上で絃成は再び暁へ唇を重ねる。手慣れているのは何方だったのか、何方からとも無く触れ合った舌先に絃成は喫煙者独特の苦味を感じた。
萌歌のように気の強い女性も、真夜子のように魅惑的な女性も絃成の性的興奮を煽るには充分すぎる存在だった。暁はその二人の何方とも違う、それ以前に生物学的に男性であり本来ならばこれほど劣情を煽られる筈が無かった。同じ仲間内の男性陣であっても頼りがいのあるリーダーの和人、男女どちらもイケると豪語していたムードメーカーの新名、知的で温和な那月の誰に対しても今と同じ様な感覚を抱いたことは今まで一度も無かった。それはやはり三人が男だからであり、同性相手に抱きたいや抱かれたいなどという感情は起こらないのが絃成にとっての普通だった。
ただ今目の前にいる暁だけは何かが違った。絃成が知る限りの誰とも違う、昔から何を考えているのか感情が読み取り辛い相手ではあったが、内面を知れる程言葉を交わしたことも無かった。那月や和人、新名が声を掛ければどんな集まりでも顔を出しはしたが、自分から積極的に動くところを今まで見たことが無かった。
火傷しそうな程熱い舌がいじらしくて可愛らしくて、上顎の裏を舌先で擽れば背中が小さく跳ねた。逃げる舌先を追い求め、奥深くまで舌を伸ばして触れ合わせると暁の身体が腰から崩れ落ちた。手加減する気も、逃がす気も絃成には無かった。暁が自分のことを好きというのが事実ならば、今まで隠し続け、逃げ続けていたその内側にあるものを全て見せて欲しいと絃成は暁の顔の横に両手をつく。
「……こわ、い」
恐怖心を伝える暁だったが、その視線はもう背けられることなく揺れたまましっかりと絃成を捉えていた。暁が何を怖がっているのか、絃成にはそれが分からなかった。
「俺だって怖ぇよ。初めてなんだし」
女性との経験ならば絃成には自信があった。そこに個人差があったとしても大凡の流れは変わらず、愛を囁き柔らかな肌を愛撫したならば自然と準備は万全となる。対して男の身体というものは女の様に自然と濡れるものではなく、知識として知ってはいてもそれを実践するのは初めてだった。
「アキの事傷付けないかめちゃくちゃ緊張してる」
折角暁が自分のことを見るようになったのに、もし手筈を間違えて取り返しの付かない傷を負わせてしまったらどうしようと絃成の心は急いていた。身体の下で恐怖を訴える暁を求めて仕方なかった。頭に抱える悩みとは裏腹に絃成は暁を求めてその手を暁のジーパンへと掛けていた。
暁が抱える不安は絃成が同性相手に初めてだということだけでは無かった。一方の暁は同性に抱かれることが初めてでは無く、絃成が手順を間違えないように誘導することも出来たが、絃成との一線を踏み越えてしまって良いのかということに悩んでいた。絃成の手がジーパンに掛かったことで、絃成がそれを求めているのは察することが出来たが、それを許してしまえば絃成への想いがもう引き返せなくなってしまう気がしていた。
「……い、挿れん、の……？」
「俺のちんこ可愛そうだと思わねえ？」
学生の時分とは異なり、劣情を抱く対象は目の前にいる暁でしか無かった。本能が暁を欲しいと願っている。それはきっと本懐を遂げるまで治まることは無く、同じ男としてその気持ちが充分分かる暁ではあったが、それ以外の方法でこの場を切り抜けることが出来ないかと代替案を提示することに決めた。
「……手で、抜くとかは」
指先で輪を作り、舌先を出して舐める素振りを暁は見せる。それで一先ず落ち着くのならば、その後のことはそれから考えれば良いと考えた暁だったが、この期に及んでまだ逃げ腰である暁の思惑に気付いた絃成は据わった眼と低い声で呟く。
「……オイ、逃げんなっつってんだろ」
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