六音  欺瞞

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 ユウキの独白は続く。 「二年前と同じにしてやりましたよ。藍理は男達全員に振られました。特に人事部長は、妻子持ちの既婚者だったので相当揉めたようです。男のその後は判りませんが、この件は会社でも問題になったようで、藍理は自主退職に追い込まれました」 「えっ、園部さんの退職理由って、おまえの浮気を疑った為ではなかったのか!?」 「はい。全て俺が裏から手を回した結果です。そして俺は精神的にまいってる藍理に近付いて、優しく口説き落としたんです」 「ど、どうして?」 「放っておけばあの女、次の職場でまた同じことをしますよ。だからね、ここできっちりトドメを刺しておかないと。あいつを献身的に支えて俺に依存させて、そうして最後にこっ酷く振る。真正の男好きなあいつを、男性不信にしてやりたいんですよ」 「……確認するけれどさ、おまえは園部さんに情は無いのか?」 「一切有りません」  表情を動かさずに断言したユウキは、俺を初めて自分のアパートに招いてくれた、あの夜のヒロと同一人物とはとても思えなかった。藍理とは理想の恋人同士に見えたのに。  全てが演技だったんだ。情緒不安定な彼女を気遣う優しい彼氏も、初任給で母親にプレゼントを買う孝行息子も居なかった訳だ。 「東京へ戻ったらすぐに藍理とは別れます。藍理への復讐はそれで終わりです。美貴に関しては……、周囲に過去のイジメに関する怪文書をばら蒔きたかったんですが、それをやると姉が真っ先に疑われちゃうでしょう? だから藍理経由で嫌がらせができないか、ずっと機会を窺ってたんです」 「それで今回の新潟行きか」 「はい。藍理を庇う振りをして、地元の人間が集まる店で美貴を大声で糾弾しました。顔見知りの多い田舎で、噂話の主人公になるのは恐怖ですよ。俺もここに住んでたからよく解ってます」 「だけれど美貴さんが来店したのは、夕食時のピークを過ぎて客がどんどん減っていく時間帯だった。残った客の中に、美貴さんを知る人間が居なければ噂は広まらないぞ?」 「そんなことは承知の上です」  ユウキは小馬鹿にしたように鼻で笑った。俺は傷付いた。 「客の中に美貴を知る誰かが居なくても事足りるんです。だって俺、目撃者を(あらかじ)め用意しておきましたから」 「誰よ?」 「蓮ちゃんです」 「あ」  灯台元暗し。蓮は意味が解らなかったようで。目をパチクリさせていた。 「蓮ちゃんも地元の人間、そして美貴の幼馴染の一人です。彼女を通じて他の同窓生にも話が広がるかもしれないと、美貴は疑心暗鬼に陥ったはずです」  理解した蓮がユウキを睨み付けた。 「あなたは、その為に、あたしを……」  ユウキは蓮に二つの役割を果たさせた。一つは自分が美貴に会う為の橋渡し役。もう一つは美貴を精神的に追い詰める目撃者役。  実際に蓮が話を広めるかどうかは重要ではない。誰かに話すかもしれない、それだけで美貴には充分な脅しとなるのだ。悪口を操り人を貶める奴は、自分自身が悪く言われることを異様に恐れる小心者が多い。 「蓮ちゃんには感謝してるよ。おかげでガキの頃からずっと、美貴に言いたいと思ってたことを面と向かって言えたんだ。どうもありがとう」  満足げに笑うユウキを前に怒りが込み上げた。蓮だってそうだろう。この一週間、ヒロと藍理の助けになると思えばこそ、俺と蓮は時間と労力を惜しみなく提供してきたんだ。それが実は復讐の手伝いをしていたなんて。裏切られたという気持ちでいっぱいだ。 「ま、流石に俺も美貴があの後、あんな目に遭うなんて思ってもみなかったから驚いたけどね。刑事の話じゃ怨恨みたいだし、あいつ多方面から恨みを買ってたようですね」 「ユウキくん!」  死者を冒涜する発言を庄田が諫めた。 「あなたの心情は理解できます。ですがどうか、亡くなった方を悪く言わないで下さい」 「そうだよ、何笑ってんの。美貴ちゃんは殺されたんだよ!?」 「だから?」 「え」 「言ったろ、俺は殺しちゃいないけど、美貴達には死んで欲しいと思ってたって」 「で、でも……。実際に死なれたら後味悪くなるもんじゃないの?」 「そう思うのはね、蓮ちゃん。心から人を憎んだ経験が、まだキミには無いからだよ」  ユウキは蓮の顔を覗き込んで、怯える彼女に低い声で囁いた。 「運が良かったね」  この瞬間、お人好しの後輩を完全に失ったんだと俺は悟った。ユウキよ、おまえ誰にも手を掛けていないと言うが、職場で皆から愛されていたヒロタカの人格を殺してしまったじゃないか。一緒に働き始めてまだ半年だが、俺もヒロが大好きだったんだぞ。  仕事を早く覚えようと積極的に質問してきたおまえ。パートのおばさん達に親切にし過ぎて、王子様と祭り上げられてしまったおまえ。新人のくせに差し出がましいですが……と前置きした上で、職場の動線が効率良くなるよう棚やデスクの配置替えを提案してくれたおまえ。  呼び起こしてしまった数々の記憶のせいで目頭が熱くなった俺は、少し顔を上げて涙が零れ落ちるのを必死に食い止めた。
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