11人が本棚に入れています
本棚に追加
ユウキと庄田は沈痛な面持ちで共に口を閉ざした。その後のしばしの静寂を打ち破ったのは、やはり空気を読めない丸ちゃんであった。
「でも、だからって、人を殺していいことにはならないよ!」
「はぁ?」
ユウキは反射的に素で聞き返したものの、すぐに余裕有る態度を取り戻した。
「何言ってんの?」
「爽香ちゃんと美貴ちゃん、殺したのはあなたでしょう!?」
「そんなことはしてない」
「さっきヒロタカの名前を使ったのは、復讐の為だって言ったもん!」
「言ったよ。でも俺はね、憎い相手と刺し違えて刑務所に入るのは御免だ。誰のことも殺しちゃいないよ」
「で、でも……。じゃあ、誰が犯人だって言うのよ!?」
「さあ」
「とぼけないでよ、アンタなんでしょ!」
「待って相原さん。俺に話させてくれ」
拷問具さながらに俺の身体を絞め続けていた蓮を気合で剥がし、俺は自由と酸素を手に入れた。
「本山」
「はい」
ヒロとはもう呼べなかった。かといってユウキと呼ぶのも躊躇われた。
「おまえに復讐心が有るのは確かなんだな?」
「……はい」
「その為に園部さんに近付いた?」
「そうです」
「でも殺意は抱いていないのか?」
「正直に言って、死んでくれって思ったことは何度も有りますよ。あのイジメさえ無ければ引っ越さなかったし、俺達家族は今も一緒に暮らしてたかもしれない。そう考えるとね。でも考えるだけです。誓って、俺は人殺しなんかしてません」
そうであって欲しい。俺はできるだけ感情的にならないように努めた。
「では本山、おまえの言う復讐とは具体的に何だ?」
「あいつらの社会的評価を下げることです。半分引き籠もりの爽香と、不倫して地元に居られなくなった毬恵は、俺がどうこうする以前に勝手に自滅していたので除外しました。ですが藍理と美貴、この二人は二年前の段階でとても幸せそうでした。家族が離散するキッカケを作った奴らがのうのうと幸せを築くなんて。あなたなら許せますか?」
「……自分が同じ目に遭ったら許せないと思う。実際に行動を起こすかどうかは別だが」
俺は憎い相手に対しては復讐よりも、二度と関わらずに暮らしたいと願う。やられっ放しで情けないかもしれない。それでも、自ら進んで嫌いな相手には近付きたくないのだ。
「二年前って?」
「二年前に父方の祖母が、俺と姉に財産を生前贈与してくれたんです。俺はその金を大学の奨学金返済に充てましたが、姉は探偵事務所に依頼して、あいつらの身辺調査をしていました」
ユウキは数秒間目を瞑った。
「姉はね……、自分自身は進学を諦めたくせに、ユウくんは頭良いんだから学校行かなきゃ駄目だよって、いくつもバイトを掛け持ちして俺の進学費用を作ってくれた人なんですよ。ユウくんが楽しそうにしてるとお姉ちゃんも幸せよって、いつも俺の前では笑顔で弱音を吐かなかった……。その姉があいつらのことを調べてるって知って、俺はああ、やっぱりこの人我慢してたんだな、笑顔の裏で姉は泣いてたんだなって……」
ユウキの目は赤かった。
「堪らなかったです。その時俺は、あいつらに復讐しようと決めたんです」
「梓さんと二人で?」
「いいえ。行動したのは俺一人です。姉も最初はそのつもりであいつらのことを調べたんでしょうが、嫌がらせの方法を思いつかなかったようで何もしませんでした。あの人は善人なんですよ、馬鹿が付く程のね。だから俺が……、俺が代わりにやったんです」
「もうやったのか。何を?」
「藍理に対しては、あいつの玉の輿計画を潰してやりました。二年前、あいつは同時進行で三人の男と付き合ってたんです。全員が金や高い地位を持つ所謂エリート達でした」
三股掛けってすごいなぁ。
「とりあえずハイスペックな男を複数キープしておいて、その中から自分にとって最も条件の良い男を見極めて、いずれ結婚するつもりだったんでしょうが、そうはさせません。男の家やホテルに出入りする藍理の写真を探偵が同封してくれてたので、コピーしてそれぞれの自宅に郵送しました。これで藍理は全員と目出度く破局です。ざまあみろ」
ユウキは藍理を軽蔑していた。だがそれならば、どうして。
「今現在おまえが園部さんと付き合うメリットは何だ。さっき話したことが真実なら、二年前に復讐は完遂させたはずじゃないか」
「あの女が全く懲りてなかったからです」
「え?」
「今年に入ってから、もう一度藍理の身辺調査をしたんです。姉に報告したくてね。俺の見立てでは二年前の件で藍理は周囲の信頼を失い、仕事にも影響が出て惨めに暮らしてるはずでした。ところがですよ、あの女はまるで変わってなかった。前の男が駄目なら次の男とばかりに、また何人もの男を咥え込んでいやがったんです」
咥え……の表現で佐和が顔を顰めた。失言だったな、ユウキよ。
「その内の一人が、藍理が勤めていた企業の人事部長。この男の推しで、大した業績も無い藍理がショップ店長の地位を手に入れたんです」
「最低……」
蓮のこの非難は誰に向けられたものだったのか。藍理か、彼女に群がる男達か、それとも……。
最初のコメントを投稿しよう!