七音  悲劇と疑惑

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七音  悲劇と疑惑

 帰りの新幹線、やはり()いていた指定席で俺は塞ぎ込んでいた。これから先、会社でユウキと顔を合わせることが憂鬱なのだ。気まずさはユウキも一緒だったのかそれとも気遣いか、彼は同じ車両ではあるものの、俺達から八列離れた席の切符を買っていた。  俺は蓮と隣同士で座っていたが、あんな事実が判った後に会話が弾む余裕は無かった。手持ち無沙汰になった俺は、庄田から貰った名刺を裏返したり戻したり、意味の無いことをして時間を潰していた。  徐々に(まぶた)が重くなってきて、することの無かった俺は睡魔に身を委ねた。 「はあ!?」  素っ頓狂な声を横に聞き、俺は覚醒した。寝入り端に何だよと思ったが、腕時計によると目を閉じてから一時間近くも経っていた。新幹線は今何処を走っているのだろう。埼玉辺りかな。 「は、何、何なのコレは!?」  尚も騒ぐ隣のデブ子ちゃん。オフシーズンで乗客が少ないからって五月蠅いぞ。 「どうしたのデ……、相原さん」  危ねぇ。心の中でデブデブ悪態を吐いている癖で、うっかり口に出してしまうところだった。 「いや、あの、よく解らないメールが届いて」 「仕事関係?」 「いえ。変なんです、内容が」 「あー……、お金とか請求された?」  有名会社を名乗り、「今年度の会費が支払われていません、〇月×日までに支払いが確認できない場合は法的措置を取ります」といった文面の、詐欺メールが最近多いそうだな。まともな会社なら一回目の請求時にいきなり法的手段になんて出ない。だから慌てて支払っては駄目だ。 「ううん、そーゆーのじゃなくて。発信元は藍理なんですけど……、元々は毬恵ちゃんのメールが転送された、みたいな???」 「園部さんに毬恵さん?」 「あの、大鳥さんも読んでみて下さい!」 「えっ、でも人に送られた、しかも女性のメールを読むのは気が引けるよ」 「いいから!」  ぶーちゃんに強引に携帯電話を押し付けられた。仕方無く画面を見たのだが、読んでみると蓮の混乱も頷ける、にわかには信じがたい内容が羅列されていた。 □□□□□□  私は木村毬恵。園部藍理は酷い人間です。  地元でトラブルを起こして、仕事も無いまま上京して途方に暮れていた私に、優しく手を差し伸べてくれたのが藍理でした。幼馴染である彼女はいろいろと相談に乗ってくれ、私はすっかり藍理に気を許していました。  彼女に誘われてあるパーティに出た私は、そこで複数の男達に乱暴されました。写真も撮られました。その写真で藍理は私を脅し、風俗で働くように強要してきました。  過去のトラブルで家族に縁を切られ、故郷と友人を失った私には頼る相手が居ません。藍理の言う通りに風俗のお店で働き、稼いだお金の大半を彼女に取られました。  後に知ったことですが藍理には浪費癖が有り、私と再会した時にはカード破産寸前の状態だったそうです。プライドが高い彼女は親に言えず、最初から金蔓にする為に私に接触してきたのです。  私を奴隷にすることに成功した藍理は味を占め、新しい金蔓を欲しがりました。彼女の生活はどんどん派手になっていき、私一人の稼ぎでは足りなくなっていたのです。  そして次のターゲットに選ばれたのが、後藤爽香でした。  爽香は引き籠もり気味で仕事にも就かず、家族でさえその存在を持て余しているようでした。だから私の時と同様に、恥ずかしい写真の一枚でも撮れば、簡単に言いなりになると藍理は考えました。  ですが藍理と爽香は、高校時代に大喧嘩をして以来交流が有りません。そこで私が命令されて、爽香を誘い出す役をやらされました。  私は藍理の恋人である高橋陸と一緒に新潟へ出向き、爽香を居酒屋に呼び出しました。爽香は高橋を一目で気に入り、彼のホテルへの誘いに素直に応じていました。  高橋は外見は良いけれど中身は屑の見本のような男です。私は彼にお金をせびられたり、暴力を受けたりしていました。そんな高橋と二人きりになる爽香を気の毒に思いましたが、止めると私が酷い目に遭わされるので仕方が無かったんです。  まさか、爽香が死んでしまうなんて。彼女の遺体が翌日、川で見つかりました。  これには私はもちろん、藍理も大変驚いていました。居酒屋の前で私と別れた後に、高橋と爽香の間に何が有ったのか。高橋が行方をくらましたので判りません。  アウトローの世界の住人だった高橋の素性は、恋人の藍理ですら掴み切れていませんでした。名前もはたして本名なのか……。  それでも、藍理の計画のせいで爽香の命が失われたのは間違い有りません。  このメールを受け取った方、どうか警察へ行ってこのことを話して下さい。藍理がお風呂に入っている隙に、このメールを彼女が所持するアドレスへ一斉送信します。 □□□□□□  長文だったが三回読み返した。書かれていた事柄への衝撃度が大き過ぎて、理解するまで時間を要した。 「あの、大鳥さん」  声に反応して顔を上げると、そこにはユウキが自身の携帯電話を片手に立っていた。 「俺のスマホに変なメールが来たんですけど」  確認しなくても内容は判った。蓮宛てに届いたメールと同じだ。藍理の携帯電話に登録されているアドレスへ一斉送信なら、当然まだ恋人であるユウキの元にも届くわな。  恋人か……。メールにそう表記された男が他にも居たが。 「あたしにも来たの。毬恵ちゃんからでしょ」 「信じるならね。これ、本当ですかね?」  内容が内容なだけに、すぐには答えを出せなかった。 「どうだろう。でも、真実だとしたら大変なことだ」
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