七音  悲劇と疑惑

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 メールによれば藍理は毬恵を恐喝していた。それだけでも犯罪行為なのだが、更に、 「あの女のことだから俺以外に男が居ても驚かないけど、まさか高橋陸の名前が出てくるとはね」  そこなのである、俺が最も衝撃を受けた箇所は。ユウキが自嘲した。 「俺、殺人犯と二股掛けされてたのか。笑える」 「まだ高橋が爽香さんに手を掛けたとは決まっていないぞ」 「でも、奴が爽香死亡事件の最重要参考人であることは確かですよね?」 「うん……」  容疑者として警察に追われている高橋。そしてその高橋が藍理と懇意の仲であると、メールで告発してきた毬恵。これは真実なのか!? 「警察に言わなきゃ!」  蓮が俺の手から、ワインレッド色カバーが付いた携帯電話を強奪していった。押し付けたり引ったくったりと乱暴なおデブだ。 「えと、あれ、110番って何番でしたっけ!?」  自分で110番と言っているぞ。気づけ。 「待って蓮ちゃん、警察に電話して何て言うのさ?」  慌てふためく丸ちゃんに、ユウキが冷静に質問した。 「何って……。メールの通りに言うよ」 「ずいぶん長いメール文だけど、まとめて的確に伝えられる?」 「そ、それは……」  今の動揺している蓮には無理だろうな。俺だって自信が無い。 「あとさ、俺はもう別れるからいいけど、蓮ちゃんにとって藍理は幼馴染で実家が近所だよね。この先ずっと藍理に恨まれることになるけど、その覚悟はできてる?」 「あ……」  蓮は正義感が先に暴走してしまって、その辺りは考えていなかったらしい。自分がよく知る人間を警察に引き渡すということは、とても勇気の()る行為なんだな。 「それとさ、いきなり通報じゃなくて、まず事実を確認してみない?」 「確認って、どうすればいいの?」 「とりあえず俺から藍理に電話を入れて、探りを入れてみるよ」  そう言って(きびす)を返そうとしたユウキに、おずおずと蓮が進言した。 「あまり藍理を刺激するような言い方はしないでね。藍理と毬恵ちゃん、一緒に居るみたいだから。藍理を怒らせると、毬恵ちゃんが暴力を受けるかもしれない」 「ま、気をつけるよ」  こんな時でも他人の身を思い遣れる……。体型こそ大胆不敵だが、蓮は心優しい娘なのだ。そんな彼女の願いを軽くかわしてデッキへ向かったユウキは、この時何を思っていたか。藍理の大スキャンダルは彼の目にどう映ったのだろう。 「あたし……心配です」 「うん。こんなメールを毬恵さんが知り合いに送ったと知ったら、園部さん相当キレるだろうね」  藍理は元々感情の抑えが利かないタイプだ。 「毬恵ちゃんはどうして、自分で警察に通報しないんだろう」  蓮の呟きに、俺は考えさせられた。全くだ。どうして自分でやらないんだろう。監禁されて部屋から出られないにしても、藍理の携帯電話を使える程度の自由は有る訳だ。 「あ……。女性にとって恥ずかしいと思うことをいろいろ確認されるだろうから、それが嫌で、自分で通報する勇気が出なかったんじゃないかな」  男に乱暴された状況を詳しく説明するのはさぞつらかろう。 「でも、誰かが通報したら結局全てが明るみになります。毬恵ちゃんも事情聴取は避けられませんよ」 「それもそうだな……。う~ん」  悩んでいると、ユウキがデッキから戻ってきた。 「ヒロく……、ユウキくん、藍理は何て言ってた?」 「それがあの女、電話に出ないんだよね。まだ風呂かな」 「そっか。電話の傍に居るのが毬恵ちゃんだけなら、藍理の知り合いから掛かってきた電話には出ないよね」  俺は閃いた。 「相原さん、それならチャンスだ。キミの携帯から掛けてみなよ!」 「あ、あたしですか!?」 「今は疎遠になったけれど、キミと毬恵さんは長らく友人関係を築いていた。表示された相原さんの名前を見て、(わら)にも縋る思いで電話に出るかも」 「ああ、そうですね!」  蓮はデッキへ行かずに、席に座ったまま携帯電話を操作した。 「でも、毬恵ちゃんに何て言えばいいんでしょう?」 「今何処に居るのか。逃げられるようならすぐに園部さんから離れるように。何なら俺達と合流してもいいって」 「あ、はい。それなら毬恵ちゃん安心して、馬鹿なことはしないと思います」  馬鹿なこと? 「毬恵ちゃん、お願い出て。早く……」  蓮は祈りながら電話の呼び出し音を聞いていた。しかし何コール目かの後、留守番電話サービスが起動したので蓮は電話を切った。 「駄目だ。出ませんでした……」 「警察に行くしかないか」  顰めっ面でユウキが言った。 「面倒臭いけど、高橋陸の名前が出た以上は悪戯とは思えない。高橋について刑事に聞かれた俺達がこのメールを放置したら、後々もっと面倒なことになりかねませんからね。時間が掛かりますけど、二人共いいですか?」 「時間掛かるの?」 「おそらく。人が死んでる事件だから、交番じゃなくて警察署まで行かなきゃだろうし。そこでも悪戯じゃないって信じてもらう為にいろいろしないと。S警察の方に確認取ったり調書を取ったり……」  刑事に痛くも無い腹を探られる不快感をもう一度味わうのか。ちょっと前まで俺は、何処にでも居そうな平凡なサラリーマンだったのに。助平心を出して、若い女性とお近付きになろうとしたことが災いの元だった。  でもさ、紹介されたの、隣のブヒモスだぜ? 罰はしっかり受けているはずだろう?  ちなみにブヒモスとは、ベヒーモスを元に俺が生み出した造語です。ベヒーモスは牛に似た見た目の超巨体の神獣で、古代の人々は自分達の住む大地が、ベヒーモスの背中に乗って支えられていると信じていたそうな。テッちゃんの豆知識でした。 「時間が掛かっちゃマズイんだって。間に合わないかもしれない!」  おやブヒモス様が、人間のユウキくんに食って掛かっておいでですよ。大地を支えていれば良いのに。神獣じゃなくて妖獣だから無理か。 「間に合わないって、何に?」 「毬恵ちゃんが死んじゃうかもしれない!!」
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